【ジャズは見るよりやるほうが面白い。】

  18, 2015 10:41
  •  -
  •  -

ミンガスのCDが書店で安くなっていたので買ってきました。

1964年・西ドイツライブの2枚目。ドルフィーがポリフォニーとしても崩壊寸前というほど熱いです。

LP未収録、23分に及ぶ新発見テイク『ソー・ロング・エリック』が異様です。

序盤からアルトがかっ飛ばしてます。中盤はいったんテンポを落として、ネチっこく続くピアノとベースに息が詰まります。そしてどうかしちゃった感じのサックスの共演(というか決闘)、急激にテンポを上げるドラム、不安を掻き立てるベース。これはどう考えても民族というか民俗が背景にあるのだろうと思います。

血に飢えた異教の儀式かのように混濁した騒音の中から一瞬鳴り響くリムスキー・コルサコフ(『ストレンジャー・イン・パラダイス』のテーマ)が印象的。

それがまた韃靼の地平線を越えて独り言をいいながら無限の彼方へ行っちゃうわけですが……行った先でまたチャールズおじさんとダニーおじさんが勝手なおしゃべりしてます。enja、ENJ-1006。発売元クラウンレコード。

ビッグバンドによるタンゴとスウィングを楽しんでいた戦間期を覚えている人々は、ある日サックスがパラパラパラパラ始めてしまった時「ふざけるな」と思ったかもしれません。

ジャズ(の一流派)における管楽器の独り言は、どう聞いても上品とは言えません。なまりのある英語をそのまま再現したものでしょうし、激した演説のようでもあれば、シャーマンが伝える怒れる霊の声のようでもあります。

その重複が混濁した不協和音は、けんか祭りか戦闘の喧騒でしょう。

聞いた人の中には「暴力的」とか「気持ち悪い」とか思った人もいたかもしれません。「お下品」と思った人は、確実にいたでしょう。

日本人は「黒人ミュージシャンってかっこいいなァ」と思いますけれども、アメリカ社会では決して「もともと憧れられている」といえる人々ではなかったでしょう。

それが白人の指揮するビッグバンドから独立を志向したと考えることもできそうです。キング牧師が斃れたのは1968年。この頃のハードバップが桁違いに熱いのも、人権意識・民族意識の高まりが背景にあったのかもしれません。

それでも熱すぎて本当に騒音になってしまわないのは、じつは教養があるからで、西欧の行き着いた先をきちんと踏襲するとともに、それを茶化しているようでもあります。

「インプロヴィゼイションが分からない」という声は昔からあるわけですが、自由を求めたと考えれば、混乱しているのは当たり前で、分からないほうがまともという気もいたします。

本当のところ、分かる人というのは、自分でもやる人だけなんじゃないかとも思います。

かつてのビッグバンドのメンバーも、同じ楽器の担当者ほど、ギクッとしたでしょう。

それがまたハーモニーを重視するフュージョンやハードロックを生んでいったのはどういうわけか。

4曲目までの音源のLP化(1981年)の際の岩浪洋三による日本語版ライナーノーツには、ドルフィーとコルトレーンが相次いで急死した後、同レベル以上のアドリブを展開させられる天才がいなかったので集団化し、フュージョンになったとあります……が、そんな消去法でもないだろうって気もします。

フュージョンにはフュージョンの音、ハードロックにはハードロックとして調和した音があるわけで……

混濁を極めたから、またそれに対して調和した音が「新しい」と感じられたのかもしれません。

なお、「見るよりやるほうが面白い」とは観世流二十六世の名台詞 名言です。テレビで言ってました。

能楽の海外公演では、パリのジャズメンが真っ青になったって話があって、確かにあの少数精鋭による打楽器と掛け声のポリフォニーは、洋楽に詳しい人ほど「なんだこれ!?」ってなるだろうと思います。

DTMやる人も、珍しいリズムの例として聴いてみるといいです。「まじでヤバイ」と思ったら、弟子入りしてあげて下さい。人手不足です。

なお、彼らはアドリブではないのだそうで、仲間になるには細かい「手」を覚えなければなりません。

情報公開はありがたいことで、詳細な研究成果が書籍やCDになっています。

でも、どちらも一般客として聴く分には、専門用語を知らなくてもいいし、楽典やコード表とにらめっこしながら聴くこともないでしょうし、分かろうと思わなくても「乗る」だけでいいんだろうと思います。

(追記: シテ方観世流二十六世宗家の言葉は台詞ではないので訂正しました。)


Related Entries