ストレート男同士は女の手前。

  10, 2015 11:29
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日本の女性は自虐精神旺盛で、自分が男性から歯牙にもかけられていないと思うことに慣れているので、男同士の交際がサッパリしているのは、女なんかに眼もくれず、彼ら同士の心の絆を追及しているからだと思っていますが……

彼らだって、女性の眼にふれるところでは、カッコいいところを見せようとするのです。

漫画で恐縮ですが、『極悪がんぼ』なんか見れば分かる通りで、男だけの世界は、えげつないもんです。

少年漫画は、当然ながら大人が描いて子どもに読ませるものなので、「最後は笑って仲直りするのが良いんだよ」と教育しているのです。

それを見て「男同士はいいなァ」というのは、道徳の教科書を読んで、「よい子」の例を「本当にこういう子がいるんだ」と思いこむようなものです。

一人も実在しないよりは、したほうがいいですが、基本的には「イメージ」であって、実在する保障はありません。

「男同士はいいなァ」というのは、正確には「男同士のものとして設定されたイメージがいいなァ」

つまり、およそ男というものは、潔く、気前よく、恨みつらみを根にもたず、宵越しの金を持たず……

それだけの自己愛を表現できる「男」という立場はいいなァ。それに引き換え、女同士は嫉妬と裏切りというイメージを担当させられることが多くて寂しいわ、女に生まれてガッカリしちゃうわ……ってことですね。

この格差を是正すべく、女性がイメージとしての男の友情に参加したのが池田理代子『ベルサイユのばら』。

単純に逆転させて「戦う女同士の友情ってカッコいい!」というのを描いたのが山本鈴美香『エースをねらえ!』。

「なにさ、男同士なんて本当はいやらしいことばかりしてるくせに。あたしちゃんと知ってんのよ!」と言ってみたのが竹宮恵子。

きれいに順を追って進化しているのです。そして、じつは描いた漫画家たちは同世代なのです。竹宮だけが少女だったわけではないのです。

なお、最後の例のイメージモデルは、歴史上に実在したとされる、ストレート男性による少年虐待(お稚児さん遊び)であって、ゲイではありません。


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