隣の山の集英社。

  14, 2015 10:24
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酷暑の夏のあいだ、運動部の活動に励んだ頼もしい若者も、まだまだ大勢いることでしょう。指導者・本人とも、水分補給・体調には充分注意してください。

『ハイキュー!』(テレビアニメ版)では、トーナメント一回戦に勝った主人公が、二回戦・三回戦とバレーボールを続けることが出来るというので、嬉しさのあまり表情が緩んでしまうという場面があって、可愛らしかったです。

いっぽうで「負けちゃったーー!」と嘆く女子部員の姿もいじらしかったです。少年漫画の中に(マネージャーではなく)女子部の活躍が描かれているのは素晴らしいアイディアだと思いました。

男性が少女漫画みたいな絵を描くようになった理由はよく分かりませんが、なにも彼らとしても「本当はさいとう・たかをのような劇画家になりたかったのに、編集部の命令で泣く泣く筆を曲げた」ってこともないでしょう。

すべての芸術家の心は、ミケランジェロの言ったように「芸術の喜びを得ようとして努力している内に、富がついて来た」というものであるだろうと思います。

まるで女流のような少年漫画家たちも、それを漫画芸術上の新しいムーブメントと心得て、彼らなりの誇りをもって打ち込んでいることと思います。

先日は、某所の待合室に『あしたのジョー』復刻版が置かれていたので拝読しました。

巻末に「だんぜんKCコミックス!」という既刊案内があって、ラインナップは『デビルマン』『鉄腕アトム』『釣りキチ三平』……

これが講談社か、と今さらながらに思いました。

『フクちゃん』原作者(横山隆一)は、「若い漫画家が自分の後ろについて来ていると思っていたら、隣の山に手塚治虫という大将がいた」と述懐していました。

講談社のいっぽうの看板として『少女クラブ』(後には『なかよし』)があったのなら、わりに伝統的な、PTAご推薦的な少年らしさ・少女らしさを大切にする社風なのでしょう。

集英社は、それに対する「隣の山の大将」になろうとしたのだと思います。女性にも愛される「新しい少年漫画」を打ち出したのだろうと思います。

小学館は、さらにその集英社の誇る『マーガレット』に対して、「男も読める新しい少女漫画」を主張しようとしたのだろうと思います。

歴史に「if」はありませんが、もしタイムマシンを借りることができたら、竹宮恵子『風と木の詩』を講談社へ持ち込んで、当時の編集がなんと言ったか聞いてみたい。

意地悪な想像も浮かんで参ります。


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