成人女性の夢、男たちの博打。

  17, 2015 10:30
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もともとBL的表現というのは、独居する成人女性から生まれてきました。

森茉莉は離婚後の中年女性、竹宮恵子は当時としては婚期を逃した二十代後半です。

1974年に第二次ベビーブームが終了しているので、その親が団塊世代だったならば、二十四年(=1949年)組は漫画家として地歩を確立するために頑張っているうちに、同級生の流行に乗り遅れたのです。

もう若者と交際したくても、「は? なに、このおばさん」としか言ってもらえない人々によって、昔のお殿様のお稚児さん遊びという文脈へ自分の心を入れていくという手法が編み出されたわけです。

本来、それは少年虐待でしかありません。そのような風習を稚児たちがひじょうに嫌がっていたことを示すエピソードも残されています。

その年齢差が、おなじ高校の先輩・後輩まで縮められたのが、森鴎外の描いたもので、これも実態は立場の差を利用したパワハラです。

その「硬派」の粗野ないでたち、あるいは高位高官高僧のリアリティとしては中年太りのハゲ親父であるはずのものを、フランス映画ファン女性好みのダンディとして美化したのが森茉莉作品で、これに登場する青年たちは、自分より年下の若者をスポーツや芸能の後継者として鍛えたりしません。

将来の見通しもなく遊ばせておいて、自分の気の向いた時だけ若い肉体を搾取する。

本来、若者の親の気持ちになれば「まァ、いやらしい。世の中には本当にこんな悪い男もいるのかしら!?(懲らしめてやらなくちゃ)」って思うはずのものです。

それを成人女性がそのように思わずに「まァ素敵」と思うならば、やっぱり自分自身が映画スターのような若者を囲い物にしてみたいって気持ちがこめられていることになるでしょう。

茉莉はシニカルなエッセイでも知られている通りで、一般常識とはかけ離れたものを高評価する貴族趣味というか、文人趣味というか、そういうところがあったのでしょう。

念のため申し添えますが、ゲイコミュニティはこのような虐待・パワハラを「もともと俺たちのものだ」と言ってしまっては、まずうございます。

【男たちの大博打。】

そのような、本来は成人女性のための隠微な娯楽作品であるはずのものが漫画化されたとき、当時の出版社が「専用の雑誌を立ちあげる」ということをしなかったのです。

それには専用の編集員を用意しなければならないし、他の漫画家にも投稿を打診し、最低でも数週間は待つ必要がある。小学館は、それより既存の雑誌を大博打にかけることにしました。倍率ドン。

当時の言い訳としては、オイルショックです。

竹宮恵子は「担当をだました」と言ったこともあるようですが、だましおおせるわけはありません。編集会議で認められ、編集長・社長も了解済みだったはずです。当時の出版社社員は、ほとんどが男性だったでしょう。

そして竹宮作品は大ヒットし、男性詩人から理解を得て、PTAからは訴えられず、成人女性の願望表現だったはずの「極端に美化された男同士のパワハラ」という定型は、子どものものとなりました。

小学館はこれに漫画賞を与えたので、もちろん手前ミソです。その審査員たちも多くは男性だったでしょう。

もし、この時点で団鬼六などの表現を漫画化した「男性の興味本位の表現としての百合族」というものが少年誌で発表されていれば、同様に流行したはずなのです。

でも成人男性漫画家がじぶんの興味を優先して描いたものを、少年漫画として掲載するわけにはいかん。さすがにオイルショック時代の出版社も、そのくらいの判断力は残していました。

でも、二十代後半の女性漫画家が独身であることをもって「少女の仲間」というふうに見なしてしまったことが、後の混乱を生んだのです。

【与えられた自由。】

BLとは、少女が自主的に起こした独立運動ではなく、男性の功利主義と勘違いによって用意された、奇妙な女性中心主義だったのです。

それをフェミニズムが弱者特権という論法で弁護したのが、混乱に拍車をかけました。

さるほどに時うつって、女性が「冷静に考えてみると、女の子が登場しちゃいけないってことはないよね?」と思うようになったから、女の子が男装して男子校にもぐりこむという表現も生まれたわけです。

BLを「二十四年組から始まった」と言ってしまう限り、それは与えられた自由に過ぎません。もしかしたら「戦後民主主義の象徴」とか、そんなものなのかもしれません。

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