日本映画は優男を応援してきたのです。

  28, 2015 10:30
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もひとつ『プレジデント』2015.3.2号より。特集とは別の記事で「顔を見れば成功する男かどうか分かる」という話。

笑顔のすてきな男性は、円満家庭を維持できるそうです。これは納得。

顔の幅の広い男は、見た目に頼もしいと同時に、実際に企業CEOに多い相だそうです。ただし、これは支配性と攻撃性をも表しており、もし暴力の場面になったら、被害者になるのは細面のほうなんだそうです。

……変に納得しました。

なるほど、三島由紀夫の言ったとおりで、現実としても物語上のステレオタイプとしても、そういう「イメージ」が確立しているからこそ、あえてアラカンみたいな女形あがりの優男が活躍する剣戟映画に熱狂的な人気があったわけです。

これは女性ファンに限った話ではなく、相対的に弱いほうに類する男性客も、彼を応援してやりたくなったはずです。

そういえば、お相手の近藤勇(もとい)月形龍之介は、ガッチリと幅の広い顔でしたね。

中国では張飛が一番人気なのに対して、日本では諸葛亮が一番人気と聞いたこともあります。矢吹ジョーも細面の部類でしょう。

寺脇康文が『相棒』を降りたのは、彼なりの事情があったかららしいですが、右京さん人気は、なにも女性ファンだけによるものでもありますまい。

考えてみると、映像作家というのはフランス外人部隊ではなく、本物の武闘派でもないわけで、どっちかってェと「ぼ、暴力には反対です」って言うタイプのはずです。

最近の少年漫画は女性向けと指摘する声もありますが、日本男性のルサンチマン的ナルシシズムは、もともと優男を応援するように出来ているのかもしれないです。

三船敏郎はどうなんだって言われると、『羅生門』では明らかに悪役ですし、『七人の侍』でも問題児、『無法松の一生』は都会の高校教師に比べて野卑な男の純情という話で、見るからに強く憎々しいのを逆手にとった新しいヒーロー像だったのでしょう。

でも、じつはもともと細面のきれいな顔してるのです。年くってからも外人さんと比べると相対的に線が細いわけで、それがブロンソンを投げ飛ばす『レッド・サン』は痛快娯楽劇ということになるかと思います。

なお、忘れた頃に今さらな記事が繰り返されるのは、かつて20代でそんなことを気にもかけなかった人々が50代に達して、昔の人が抱いたのと同じ疑問を抱くようになるからなのでしょう。

たまに本当に科学的な新発見があるので、情報をフォローアップしたほうが良いですが、男と男と女の基本は大して変わっていないような気も致します。(だからこそ古い映画を見ても面白いわけです。)


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