強い女と悪い女は違うのです。

  29, 2015 10:30
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強い女ってのは櫻井よしこです。深夜ニュースを読む姿を拝見して「この人は格が違うぞ」と思ったのも懐かしい思い出です。

中には悪く言う人もいるのかもしれません。英語でいうフォーレターワーズを投げつけるような人もいるのかもしれません。

でも彼女自身は「私は悪い女です」とは言わないはずです。自分の主張は絶対に正しいと言い続けなければなりませんから。

(こっから話が櫻井さんを離れて一般論になります。)

強い女と悪い女は違います。強い女を男性が差別して「悪い女」と呼ぶならば、強い女はそのような差別を内面化する必要はありません。

自分にレッテルを貼る必要はありません。

他人が貼ったレッテルを受け入れる必要もありません。

世の中には、強い女のふりをしたいので、まちがって「悪い女」を自称してしまう人もあります。

男性でも使わない下品な言葉を使ったり、怒鳴ったり、弱い人を差別したりして、他人の人権を傷つけると、強くなったと勘違いしてしまいます。

不良に憧れるのは田舎の子です。テレビドラマを通じてしか社会を知らないからです。

でも本当に悪い人たちにつかまって、苦界に沈むというようなことになれば「おまわりさん助けて」と言うはずです。

苦界といっても「お水の花道」を極めればよいと思うかもしれません。たしかに、昔も花魁まで出世する人もいました。

でも、悪い人に連れて行かれるところは繁華街の中心部とは限りません。外国の片田舎で強制労働とか、いろいろ考えられます。

そこを考えていないということは、不良=繁華街=都会=おしゃれ、という図式が脳内にでき上がっているからで、要するに都会に憧れているだけです。

でも暴力的なテレビ番組しか見たことがないので、ふつうに勉強して、公務員になって、地味なスーツを着て、毎日だいたい同じように仕事して、ときどき音楽会に行ったりすることが最も都会的だということが分からないわけです。

あるいは、せっかく進学のために上京したのに、勉強について行けなくなってしまったとか、そういったところです。

危険を承知で夜の繁華街へ行くのは、勉強に落ちこぼれても誰かに助けてもらえる自分であることを確認したいからなのかもしれません。

テレビドラマみたいに、担任の先生が追いかけて来てくれることを期待しているのかもしれません。

もしかして、お母さんに叱られるよりも怖くないと高をくくって新宿二丁目へ行くなら、ゲイを「女に負けてホモになった弱い男どもだ」と見なしているからなのかもしれません。


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