2008年、アンドレイ・クラヴチュク監督『アドミラル』

  25, 2015 10:35
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Admiral (Russian: Адмиралъ)

コルチャック提督:コンスタンティン・カベンスキー
アンナ:エリザベータ・ボヤルスカヤ
カペル将軍:セルゲイ・ベズルコフ


アレクサンデル・ヴァシリヴィチ・コルチャック。実在した黒海艦隊司令官。1917年の革命の際、セバストポリにいて粛清をまぬがれ、西側の協力を得て反革命軍のリーダーとなった人の半生記。

以前にご紹介したグルジアのメラヅェ兄弟による『ヴァプレキ』(Вопреки)という楽曲が、この映画のエンディングではないんですが、イメージソングということになっているようで、ヴァレリー主演のビデオクリップは映画の宣伝を兼ねていたらしいです。

というわけで、イギリスから取り寄せてみました。返却しなくていいって良いですね。 (※ 『提督の戦艦』の邦題で日本語版が出てるみたいです。ASIN: B002P88JV2、EAN: 4522178007774)

「革命の敵」という描き方ではなく、革命の敵と見なされて歴史の闇に葬られた偉大な将官の人間性を共感深く描くという立ち位置です。まず「それが撮れる時代になったんだなァ……」と思わされることでございます。

以下、年号・地名などは映画本編中のキャプションによります。

1916年、バルト海。駆逐艦シベリアン・アロー(Сибирский стрелок シビルスキ・ストレロク)号。

ドイツ水域に機雷を敷設して帰る途中、双眼鏡の視界に霧をついて浮かび上がるドイツ帝国海軍「フリードリヒ・カール」号。その210ミリ砲で狙い撃ちされ、頭から海水をかぶる甲板上のロシア帝国将兵一同。退路を断たれて自ら設置した機雷の海を進むはめに。

甲板に整列して祈りをささげる一同。髭の水夫たちのツラがまえがよろしいです。イコンを掲げるギリシャ正教の描写も興味深いです。

艦長の絶妙な指示によって難を逃れると、引き続き、リガ湾洋上からの艦砲と、ドイツ軍自慢の巨大な野砲との鬼気せまる応酬を拝見できます。望遠鏡の視界を使用した見せ方も楽しいです。

水と火薬は大量に使っており、被弾による艦体・人員の被害描写もリアルです。なお、鑑賞は15歳以上推奨です。

黒煙をわだつみの龍かとばかりなびかせる軍艦の勇姿は、いずれもあきらかにCGですが良くできてます。ブルーグレイがかった色合いが美しいです。

艦体を真上から見る構図、機雷の浮かぶ海中描写など、画面はたいへん凝っています。主砲旋回の様子も見られます。悲壮感をかきたてるBGM選曲も良いです。

にもかかわらず場面きりかえのテンポが早く、見せすぎ感のないドライな描写になっており、好印象です。ロシアの芸術点は高いです。

【女性映画要素。】

主人公は剛胆かつ細心、皇帝の信任あつい歴戦の勇将ということなのですが、じつは半分メロドラマです。わりと人目をはばからずに部下の嫁さんとおつきあいしちゃいます。

主演男優は唇の厚いセクシーな顔で、リチャード・バートンに似てるかもしれない。不倫映画向けの人材。たぶん撮影は公開の前年なので、35歳の男盛り。

女優のほうは上を向いた鼻が幼稚な感じで、いかにも奔放かつ純粋というタイプ。

マストロヤンニ晩年の作品にもロシアの人妻と不倫する話がありましたが、ボヘミアンの血が騒ぐスラブ美女という「型」は、欧州において一定の人気があるのかもしれません。

後半は彼女に感情移入して見るべき女性映画になってます。

彼女が思いの丈を綴った手紙を朗読する声を、職務にはげむ彼の姿に乗せていく演出はたいへん手際よく、音楽の使い方もうまく、切迫感が胸を打ちます。

ただし海軍の仕事の実際が、そのぶん「ぬるい」描写になってしまうわけで、出だしの戦記文学的味わいとのギャップが不満という視聴者もあるかもしれません。

現代では「戦争映画だからといって女性が無視されている」という批判を避けるには、こういう二束わらじが致し方ないのかもしれません。『史上最大の作戦』は遠い栄光です。

とまれ彼女自身は魅力的な人物で、革命勃発後はシベリア鉄道に乗り込み、本拠地を東方に移した男のそばにいたい一心で、皿も洗ったことのない貴族のお姫様だったはずが、野戦病院の看護婦になっちゃうんだから大したタマです。

おおいに応援したくなりますが、提督のほうは、三色旗のもとに反革命軍を率いつつも、映画後半は陸戦を戦うともなく街から街へ戦略的撤退を余技なくされ、シベリア鉄道に乗ってるだけになってしまいます。ドキュメンタリーのつらいところです。

フィクションなら、神出鬼没の艦隊を率いて革命軍を翻弄した……となるところですが。

しかも、その客室に彼女を同乗させちゃうわけで、義経もはばかった女連れの逃避行となります。もちろん他の将兵は着のみ着のままです。

反革命を率いる陰で自分だけ人妻と遊んでいた極悪人とみるか、反革命の重責に耐えながら真実の愛を貫いた人とみるか。

もちろん、かつてのソ連における評価が前者で、最近になって後者の立場で名誉回復を試みたということなのでしょう。

なお、不倫映画といいつつ、性的描写は短い接吻シーンの他にはありません。ロシアは……たぶん宗教か公序良俗意識によって、そのへんの自主規制が厳しいのですが、それだけに、きれいに描くやり方をよく知っています。

【陸軍の名誉。】

後半の白眉は、カペル将軍の雪原の会戦で、これはどう見てもリアル吹雪の中で撮影しており、関係者の苦労がしのばれます。

それにつけても、戦争とは人殺しです。人間が人間を鉄で殺すと、国の名誉になるのです。

そしてブラスバンドとは軍楽隊でした。小銃と機関銃で狙い撃ちされるのを承知で、全員が前へ出るのです。

そして、その軍楽隊の音さえ止めさせたのが、女(ヒロインの同僚である看護師)の犠牲でした。男たちは、女の死に奮い立つのです。泣かされましたとも。

【ロシアらしさ。】

ラストはあくまでドキュメンタリーなので、とってつけたようなハッピーエンドということにはなりません。いくらか『タイタニック』を彷彿させますが、これは致し方ないでしょう。

クリスタルガラスの砕け散る場面など、高感度カメラを用いたフェチな演出も光ります。

エンドクレジットの背景もすてきでした。鉄板を大きな鋲で留めた軍艦の外見を再現してあるのです。

CGでなんでも描ける時代になったわけですが、このいくらかやり過ぎ感のあるところがヨーロピアンというかロシアンです。

洗練されていないのではなく、たいへん粋なのですが、くどいわけです。けた違いに豪華な帝政時代の建造物や美術品を目にしながら成長するゆえでしょうか。

おそらく実際にはもっとグダグダだった反革命と、もっと残酷だった赤軍と、どこの文化でも決して歓迎はされない人妻の不倫を、かなり美化して描いたメロドラマ戦記映画という他ないのですが、総合的な印象は、たいへん丁寧なつくりで、後味の良いものです。

ナヴァル・ホリデイ以前を再現した映画は少ないので、軍艦に関心のある方はぜひ御覧になると良いです。帝政末期の軍服や、女性のドレスも目の保養です。


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