ゲイと富国強兵。

  06, 2015 10:30
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江戸時代には文学的な定型として美化・称賛されていた「少年愛」が、近代(明治時代)に入って罪悪視されるようになった原因の一つは、国家による人口増加政策です。

欧米列強に追いつき、追いこすために、リアル兵士および産業戦士が多数必要だったので「産めよ増やせよ」と掛け声がかけられ、中絶は処罰されました。

もともと欧米列強において、医学の進歩によって妊産婦・幼児の死亡率が下がり、人口が増大したために養いきれなくなったから、植民地争奪戦が起きたわけですが、そこへ後から参戦した日本は、わざと人数を増やす必要があったのです。

富国強兵の時代とは、「産めよ増やせよ戦えよ」の時代でした。

だから産まない愛と、女性的な男性は無用の長物。国策にさからう非国民という扱いになってしまうわけです。

だからこそ、敗戦後は「化粧した丸山明宏の歌うシャンソン(かつての敵性歌謡)」が時代の象徴となり、もともと思想統制・検閲に反対する気持ちを持っていた純文学者たちが彼を取り囲んだわけです。

「平和で自由な時代が来て良かったね」ってことです。

女性は後からそれに憧れたわけですが、やはり根本には男性社会の暴力性への批判・反戦という気持ちがあったと言えるでしょう。

今の女性が昔の軍隊に憧れるときは、どこかに「今の男はだらしない」という批判の気持ち、裏を返せば男性に頼りたい他力本願な気持ちがあるものです。

でも女流表現の自由、なかんずく男性が最も嫌う話題である男色への言及まで容認される基盤にあるのは、「男が戦争やって大負けした」という事実です。

表現の自由とは、本来「戦争反対」と言っても連行されない権利のことです。

「お国のため」を口実に、恐るべき拷問・虐殺が行われることに反対する権利のことです。

戦争やって勝ったほうである連合国の少なくとも一部で、六色虹旗が高らかにひるがえる背景には、ナチスに迫害されたゲイの慰霊碑が静かにたたずんでいます。(アムステルダムのアンネ・フランクの家の隣にあります。)

表現の自由を楽しむ全ての現代人の足元は、先人の血に染まっています。

なお、ストレート男性が男色の話題を嫌うのは当然ですが、ゲイ男性も女性がその話題をもてあそぶことを嫌います。女性はBLに詳しいからといって、ゲイの仲間とは見なされません。

社会は男と女ではありません。ストレートとゲイだけでもありません。その間に「勘違いした女」がいるという現実を、自戒として忘れないほうがよろしいです。

さらにまた、反戦と共産は違います。すでに共産たおれ、資本主義が超克された今、右か左かでは割り切れません。


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