個人誌しか知らない同人プロファイル。

  09, 2015 10:20
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個人誌の時代しか知らない中年、というのは興味深い現象です。

1980年代前半までに関わっていれば、実際に複数の会員から投稿作品を集めて編纂していた「同人誌」の時代があったことを知っているはずなのです。

かつて「サークル」という言葉は実態をともなっていたのです。プロ化した「CLAMP」がいい例で、本当に数人・十数人が集まってやっていたのです。

その後、1985年頃に業界の再編のようなことが起きたらしく、個人誌しか知らない人は、それ以降しか見ていないわけです。

「やおい」などという言葉を使っても、最初に「山も落ちもない」という言い回しを紹介した『らぶり』というのが複数のプロ漫画家による同好会だったことも知らないわけです。

そして、そのことに気づかないままに「自分こそ同人界の大先輩である。私の話を聞け」という顔をしてしまうわけです。

どこから、こういうあわてんぼさんが育ってしまうのか。若い人々の未来のために、防ぐ方法はあるのか。ちょっと考えてみましょう。

【基礎学力。】

他人の個人誌の真似をして、ステロタイプな二次創作を書いて、同人誌という言葉の意味もよく考えてみないままに「ドージンシとはこういうものだ」と思っちゃう人は、もともと危険な心性を抱えている可能性があります。

危険な心性といっても、同人誌即売会というところは、まがりなりにも自主制作物を出展するところですから、なんの芸もなく他人に言われるままに露出的な写真を撮らせてしまったり、訳も分からずに薬物取引の手伝いをしたりとかいうのとは違います。

また、本を読むことが最も苦手で、オートバイで暴走したり、喧嘩に明け暮れるというタイプとも違います。

もともと読み書きが好きで、記憶力が良く、話のポイントをつかむことが上手く、問題文中の単語を使用して「100字以内でまとめなさい」といったテスト問題に答えることが得意です。

したがって成績優秀で、意外なほど学歴が高く、その代わり、そのことを鼻にかけて母親の話は聞かなくなってしまうというような子です。

【危険の種。】

もともと漫画道をこころざしており、高校・大学の漫画研究会に属していれば、同人誌の制作に加わるのが自然です。

先輩たちの遺産を眼にしたこともあったでしょうし、同好会どうしの伝統的なおつきあいもあったことでしょう。「同人誌とはこういうものだ」という認識があるはずです。

そうではなく「最初から個人誌だった。個人誌の時代しか知らない」というタイプは?

そもそも即売会開催日に他の予定があれば、出かけることはありません。「あなたも書いてみない?」と誘われても、他の課題があれば引き受けないでしょう。

つまり、高校生または大学生でありながら、暇をかこって、個人的にドージンシでもやってみようかなと思うからには、すでに学業不振におちいっているわけです。

また、他のところへ一緒に出かける友達がいないわけです。

あるていど成績優秀だった子が中学校区を出て、高校や大学で自分より優秀な人々に揉まれると、行き詰まりと孤独を感じるわけです。

親から「大学へ行け」と言われて、受験のために教科書に書かれたことを丸暗記して、マークシートに答えることを「勉強だ」と思っていたから、自分でテーマを見つけて研究を深めるという大学のやりかたになじめないわけです。

レベルの高い大学であればあるほど、高校時代からそれぞれの専門領域に一家言もっている奴らが全国から集まって来るわけですから、それに対して劣等感も生じやすくなります。

よりどころを無くして、受験勉強を開始する前のおさない日々に見ていたテレビドラマや歌謡曲を思い出し、「立派な都会人になる=繁華街へ行くこと」と短絡し、夜の東京をさまよい始めます。

頭の中がマークシート方式ですから、なにごとも「AといえばB」という公式にするのが好きなわけです。

自分で研究テーマを見つけられないくらいですから、依存する相手・模倣すべき典型を必要とするわけです。

そして、イケてる都会人めざして、なんとかパワーとか、なんとかメソッドとか、やせる薬とか、すてきな人に出会えるとか、いろいろなことに誘われやすくなるわけです。

【即売会に落ちる。】

そういう選択肢の一つとして、特殊な人脈から誘われて、珍しい漫画を売っているところへ行ってみようということも起きるわけです。

特殊な人脈とは? 

即売会というところは、インターネットが普及するまでは、テレビで宣伝しているから行ってみようというところではありませんでした。

そこは、もともと漫画研究会どうしの品評会であり、いわば業界人だけが集まる非公開・招待制イベントです。

次回開催の日時を知っているのは前回までの参加者。その兄弟姉妹。その友人、その友人、その友人……。

人脈の末端で誘われた人も、元をたどると出展者にたどり着くので「自分も描(書)いてみる」という行動にシフトするのが割と容易です。

そこで創作意欲に目覚めて、プロになってしまったのなら大したものです。

でも、依存する典型を必要とするタイプは、周囲をかるく見渡しただけで「同人誌とはアニパロです!」とか「アニパロとはエロです!」と思い込むわけです。A=B式ですね。

そして本当にそれだけを繰り返す。学校優等生ですから、課題を与えられて模倣することは上手いわけです。でも、みずから新しい要素を取り入れて、斬新な分野の第一人者になるということができません。

だから天井が見えるのが早いです。あっという間に飽きられて、売れなくなる。

もともと漫画やアニメがきらいではないから、ここまで来たんだけれども、もともと漫画研究会員でも美大生でもない以上、どんな苦労をしてもプロになりたいというほどではない。

だから出版社へは投稿したことがないので、本物の業界には新人として認識されておらず、イラストの仕事や、ライターの仕事を廻してもらえるわけではありません。

でも、即売会で一時的に成功を味わってしまったので「なんとかなる」という間違った夢を持ってしまい、結論を先延ばしにしたから、勉強すれば受かるはずの公務員試験などにも受からない。

とくに1980年代組は、もともと同級生の多い世代であるために「みんなで渡れば怖くない」という安心感に浸っており、その負の側面に気づかずにいたから、徒手空拳で就職氷河に巻き込まれ、しかし頼りになるはずの編集部が何も助けてくれないことに気づいた時点で、夢の終わりです。残ったものは不良在庫と赤字だけ。

(同人OBの人脈で出版社に就職させてもらえるという噂もあったのです。)

そして何が悪かったのかと自省すると、自分の勉強不足をすっ飛ばして、お母さんがガミガミ言ったから食欲をなくしたのが始まりだったとかいう結論を得て、自分は社会の被害者だという自己催眠を始める……

なまじ学業成績の良かったタイプですから、そんな精神分析っぽいことだけは知っているわけです。

で、トラウマとかアダルトナントカとかナントカセクシュアルとか言い始める。障碍または病気または性的マイノリティをイメージ利用するわけです。

実際には受診しません。言い訳として利用しているだけで、本気で「立ち直りたい」とか「適合したい」という気持ちがないからです。

ちょうど、有名キャラクターを自分の都合で利用するだけで、オリジナルキャラクターを生み出す努力をする(プロになる)気はないのと同じです。

行動に一貫性があるので、確かに病気ではないでしょう。

いま、心あたりのある若い人は、自戒してください。

同級生が「即売会へ行ってみない?」と誘ってきた時は、その人自身が勉強がいやになって、遊ぶ仲間を探しているだけで、あなた自身のことを考えてくれているわけではありません。

これから大事な息子さん・お嬢様を上京させる予定のご家庭は、お子さんを漫画家または二次創作家にしてやりたいのでない限り、その後の動向に注意してあげてください。




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