平清盛と整合性。

  09, 2015 10:25
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当ブログが創作物の整合性ってことを考え始めたきっかけは、2012年度NHK大河ドラマ『平清盛』でした。

「話がおかしいだろ、これ!?」と、すごく感じたのです。

並行して海外ドラマ『スパルタカス』(原題: Spartacus: Blood and Sand )をDVD視聴していたという個人的事情もあって、あちらは見事に伏線を回収して話をまとめていくものですから、物語の合理性における彼我の違いに呆気に取られたものです。

同じ頃、ハーバードのサンデル先生の動画が流行っていたのですが、あのように論理を駆使して矛盾をつくことは、日本のSF作家・ミステリー作家が行ってきたはずです。

で、優れた脚本家を輩出してきたはずの日本創作界が、なぜこうなっちゃったのかと考えていくと、やっぱり1980年代に「山なし落ちなし」という言葉を真に受けて、前後関係を無視する創作技法を身につけてしまった女流が輩出されたことに一因があるだろうと思われるわけです。

『平清盛』は、脚本家の「男の友情萌え~~♪」という女流同人的興味によって成り立っていることは明らかです。

それ自体は、マイノリティの表現活動がついに公認されたといってもよく、だからツイッターなどで一部視聴者が大フィーバーという現象が見られたわけですが……

清盛と信西の友情を追及すれば、平治の乱が起きないことになる、とは以前にも申し上げた通りです。

それでは困るので、清盛を危機感のない総領の甚六として描く必要があった。でも、それでは彼が急に貿易に目覚めるのはおかしい。

それもあって、海外担当の兎丸というオリジナルキャラクターが起用されたわけですが、一般に二次創作におけるオリキャラというのは、作者自身が作中に登場してみたい気持ちの表れで、コアな原作ファンは嫌がるものです。

案の定、加藤という俳優は熱演が好印象でしたが、兎丸というキャラクターは、視聴者から愛されませんでした。

なんというか、ルール無用の二次創作同人だからこそ「カタギに迷惑かけてはいけない」みたいなことはあるわけで、なまじNHKに起用されるほどの経歴か人脈かを持っていた人が、やってはいけないことを全部やってくれたことだなァ……(慨嘆)といったところです。

そんなこんなで、とくに清盛を商売繁盛・出世の神様として崇めるプレジデント系の中高年男性視聴者を納得させられなかったどころか憤慨させてしまった代償は、大きかったと思います。


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