武士の誇りには注意しましょう。

  13, 2015 10:20
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著作権訴訟が起きたときは「身に覚えがありません」と言い張り続けるのが基本です。

どんな犯罪も、黒と決まるまでは白です。「疑わしきは罰せず」です。

法の番人とは、社会の番人ではありません。裁判が開かれるのは、悪い被告にみんなで石を投げて斃すためではありません。

社会の番人を自認する一般ピープルによって、法律がまちがって運用され、残酷な私刑の口実とされることを防ぐのが、法の番人です。

つまり過剰な刑罰が与えられないように、被告を守るために開かれるのが裁判です。だから「動かぬ証拠」を重視するのです。

法律家(大学で法律を教える先生)が書いた本を読むと、彼らの発想が一般人の「早く悪いやつを懲らしめろ」というのとは180度ちがうことが分かります。

つまり、世論が沸騰している時ほど、裁判所の判断にゆだねるというのが被告側の態度です。

デザインの変遷を一覧表にして提出する先は、裁判所です。

世論の判断にゆだねれば、世論がつつきまわすに決まっています。

今さらですが。

自分たちだけで採用を決めてしまった人々は、自分たちだけで取り下げも決めてしまうわけで、関連企業の迷惑を考えていません。

裁判を受けて立てば、係争中ということで、イメージが悪くなるかもしれませんが、無罪判決によって、かえって良いイメージに逆転する可能性もある。

判決が出る頃には、イベント自体が終わってるかもしれない。

良い意味で「なァなァ」というか、のらりくらりと交わす民間人の知恵というか、そういうものが足りなかったのかもしれません。

「めんつ」にこだわり過ぎた、サムライ的発想だったのかもしれません。

「責任を取る=切腹」だったサムライは、名誉を重んじると同時に、極端な事なかれ主義だったと思えばいいです。日本人が気をつけたいところです。

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