MISHA'S CASKET

-・別 201510 1/3

おしゃれとはミニスカートのことではありません。

男のおしゃれとは、まずは年齢相応・体型相応なスーツをきちんと仕立てさせ、崩さずに着こなす正統性のことであったり……そのようなコンサバティブなスーツスタイルのVゾーンにだけ「若向け」とか「女性的」とされる華やかな色・淡い色をあしらって、ちょっとした違和感を演出するといった「遊び心」のことであるはずです。あえて例えるならば、正しい音楽教育を受けた人だからこそ発揮できるアドリブ演奏、ヴィルトゥオーゾ性、そ...

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ダイエットを言い訳にしない。

ダイエットに成功すれば、おしゃれになれる。ダイエットに成功すれば、友達が増える。ダイエットに成功すれば、恋人ができる。ダイエットに成功すれば、英語がペラペラになれる。ダイエットに成功すれば、アイドル歌手になれる。様々な夢を、ダイエットに結びつけてしまうことはあり得ます。でも、おしゃれとは、サイズの小さい服を着ることではありません。色の合わせ方を考えたり、スカーフを巻いたり、帽子に凝ったりなど、ウェ...

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長女は母親と葛藤しやすいと書くと。

「ふつう次女や三女って大丈夫じゃないですか~~」という逆パターンの偏見が生じるので、実際の次女・三女が「どうせ悩みを言っても分かってもらえない」と鬱屈していくことがあります。実際には、母と姉と妹の板ばさみになって苦労しているのに、転がしておいても育つとか、どうせどこかへ行ってしまう(嫁いでしまう)とか言われてしまう。よりどころを失くして通説を受け入れ、「私は次女だから要領が良いはず、三女だから甘え...

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やおいの少女性にこだわる人。

「やおい」という言葉が使われ始めた1979年頃には、コミケ初開催の1975年に高校1年生だった人も成人に達していたはずだから、皆まとめて「やおい少女」というカテゴライズは不適切だ……と指摘すると、すごい勢いで「私は確かに少女だった!」と力説する人もあることでございます。いや、あなたを含めて当時の即売会参加者数万人が全員少女だったのか? それとも2万人が少女で、5万人が成人だったのか? という話をしているわけ...

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もしもツイッター廃人と呼ばれたら。

「でも私はツイッター大好きよ!」とか言ってる場合ではありません。誰もあなたの好き嫌いなど確かめていません。誰もそんなもの気にしていません。それは、まさに自分の都合しか考えていない人の発言です。自分の居心地がいいからといって、誰に対して何を言っても良いのではありません。同じ心の姿勢から、自己中心的な発言が多いので、周囲がたまりかねて「廃人め」というわけです。一般に、地元の風景や、ハンディクラフトなど...

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カマトトとは、あなたのことではありません。

奇妙な会話を見かけたのです。「女性が創作物を読んで自慰にふけるのは不適切なので、創作物を発禁に致しましょう」「カマトトは氏ね」「自慰したくても出来ない人もいるんですよ!」流れが変ですね? まず、誰に対しても「氏ね」と言うべきではないと申し添えた上で……三人目の発言者の間違いは「カマトト」とは自分のことであると思い込んだことです。単語に脊髄反射し、呼ばれてもいないのに「なになに!? 私の話をしているの!?...

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ノンセクシュアルが言ってはいけないこと。

「男同士って吊橋理論でホモになるんですか~~?」これをゲイに向かって訊いてしまう人は、ノンセクシュアルではありません。「男って、親友の顔を見ると勃起するんですか~~?」という、自分自身の二次創作BL的興味を満足させたいだけです。いっぽうで、世の中には、本当に家族関係のトラウマによって性的な話題を苦手としており、ディズニープリンセスのキスシーンさえ無理という人がいます。フラッシュバックを生じ、頭痛や...

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自分にレッテルを貼りたい心。

ミンガスは、カテゴライズを嫌ったそうです。ビバップか、ハードバップかなんていう以前に「そもそもこれはジャズと言えるのかどうか」という議論に加わりたくなかったのだろうと思います。たぶん、マイルス・デイヴィスもそんなふうだったろうと思います。たぶん、シュニトケや武満などもそうだろうと思います。ピンクフロイドやレッドツェッペリンの皆さんもそうかもしれません。民族音楽と宗教音楽とクラシックとジャズとロック...

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トラウマで性的マイノリティになった説。

これはよくある勘違いですが、不適切です。「女で失敗したのがトラウマで、ホモになった」という考え方が不適切ならば、口うるさい母親がトラウマでノンセクシュアルになったという考え方も不適切なはずです。だったら、催眠術をかけてトラウマを克服させれば性的マイノリティを治療することが可能だ、さっさとホモを全員逮捕して催眠術を受けさせろ、電気ショックでもいいぞという話になってしまうからです。本物の性的マイノリテ...

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自称マイノリティとは。

自分にレッテルを貼るのが好きな人の一種です。根は寂しがりやさんなので、依存的です。レッテルに依存して、自分は「ノンセクシュアル」だから、ゲイに性的な質問をしてもいいと、大きな勘違いをしている人です。彼らをプレジデント派の代役として利用することもあり、面と向かって「どーーしてホモって言っちゃいけないの~~?」と訊いてしまうこともあります。こういうのは「頭の悪いふりをすると、男の人から『子どもっぽくて...

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ゲイは人権問題だと思われていない。

まだ日本では「いやらしい遊びが好きすぎて、女では満足できなくなったので、ホモになった連中だ」という先入観が残っているのだろうと思います。ときおり「女よりも良い」という怪情報が囁かれる通りです。だから「ゲイってポルノのことしか考えてないんですか~~?」という質問も飛び出すわけです。彼らが人権集会を開いている以上、ポルノ以外のことも考えているのは明白なのに、質問者自身が「ゲイ=いやらしい遊び」と考えて...

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ゲイと富国強兵。

江戸時代には文学的な定型として美化・称賛されていた「少年愛」が、近代(明治時代)に入って罪悪視されるようになった原因の一つは、国家による人口増加政策です。欧米列強に追いつき、追いこすために、リアル兵士および産業戦士が多数必要だったので「産めよ増やせよ」と掛け声がかけられ、中絶は処罰されました。もともと欧米列強において、医学の進歩によって妊産婦・幼児の死亡率が下がり、人口が増大したために養いきれなく...

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創作物の鑑賞動機は、だいたい逃避です。

多くの男女が、実際に戦争にまきこまれたいとは思っていません。愛する人を失いたくありませんし、自分が大怪我をしたくもありません。国会前でシュプレヒコールを挙げている間は、誰も映画を見たり、小説を読んだりしません。創作物を鑑賞する最大の前提は、暇であることです。そして最大の鑑賞動機は、目前の問題から逃避することです。たとえ過去に実在した戦争や公害を描いた深刻な作品であろうとも、それを見ている人は「さき...

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ゲイにカワイイは通用しません。

「どーしてホモって言っちゃダメなの~~?」「どーして江戸時代には良くて明治時代にはダメなの~~?」「どーして私たちアイドルには恋愛が許されないの~~?」こういうのは、女性が男をつかまえようとする時の本能的な戦術です。「あたしバカだから自分で考えても分からないわ~~。賢いあなたの口から教えてちょうだいよ~~」と男性を持ち上げ、甘えているわけです。厄介なことに、自分では最高にいいことを言ったつもりです...

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性的マイノリティを育てるとは。

たとえば高校を卒業したばかりの若いゲイが訪問しやすいゲイタウンとは、どんな街でしょうか?中年ストレート女性が幅をきかせている街でしょうか?若いゲイと見れば近づいてきて説教したり、根掘り葉掘り質問したりする街でしょうか?そして自分だけ「若いゲイの友達ができた」と吹聴し、他のLGBTを苛立たせている街でしょうか?ストレート女性の自己満足な行動が、若いゲイをおびえさせ、「この世に居場所がない」と絶望させ...

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やおい作家なんていません。

あらためて、榊原 史保美『やおい幻論』(1998年、夏目書房)の帯がひどい、という話。「ヤマもオチもイミもない小説って何なんですか?」および、「作家・榊原史保美が「やおい作家」「やおい少女」と呼ばれる当事者たちが直面している問題を通して、「やおい」的嗜好の本質に迫り、「やおい」とは何かを問う、初の「やおい」現象論。」とあります。やおい作家なんて呼ばれた人はいません。夏目書房は自分で「やおい作家」をプロ...

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1980年代は三番煎じです。

1978年に連載開始された魔夜峰央『パタリロ!』が、先行する萩尾・竹宮作品のパロディであることは明らかですから、その後で白泉社『花とゆめ』誌上で連載開始した女流作品は、三番煎じ以下です。アマチュア作家の一部において、アニメを見ながら小説を書くという奇妙な流派は、すでにその頃には成立していて、それがプロ作品と混同されるとプロに迷惑がかかる。ひいては同人誌即売会そのものの存続にかかわる。だからこそ、わざわ...

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「やおい」に依存する人。

同人だから病んでいるのではありません。もともと他人の言に左右されて、病んだ感じになりやすい人「も」、同人誌即売会には参加できるという点が重要です。もちろん審査なしで出展できるからです。本気で漫画家を目指す人がちゃんと存在するいっぽうで、ほかで挫折した人が流れ着くという性質「も」備えているのが同人誌即売会です。スポーツ、武道、伝統芸能、美大へ入るためのデッサン、アイドルになるためのダンス。技芸を磨く...

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個人誌しか知らない同人プロファイル。

個人誌の時代しか知らない中年、というのは興味深い現象です。1980年代前半までに関わっていれば、実際に複数の会員から投稿作品を集めて編纂していた「同人誌」の時代があったことを知っているはずなのです。かつて「サークル」という言葉は実態をともなっていたのです。プロ化した「CLAMP」がいい例で、本当に数人・十数人が集まってやっていたのです。その後、1985年頃に業界の再編のようなことが起きたらしく、個人誌しか...

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平清盛と整合性。

当ブログが創作物の整合性ってことを考え始めたきっかけは、2012年度NHK大河ドラマ『平清盛』でした。「話がおかしいだろ、これ!?」と、すごく感じたのです。並行して海外ドラマ『スパルタカス』(原題: Spartacus: Blood and Sand )をDVD視聴していたという個人的事情もあって、あちらは見事に伏線を回収して話をまとめていくものですから、物語の合理性における彼我の違いに呆気に取られたものです。同じ頃、ハーバード...

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1960年、大映京都『大江山酒天童子』

製作:永田雅一音楽:斉藤一郎脚本:八尋不二振付:花柳有洸監督:田中徳三総天然色特撮時代劇。「目千両」光線炸裂する新旧美男対決。伝統美への尊敬、意欲的な特撮。見どころ盛りだくさんの娯楽大作です。合戦部分は大ロケーション敢行。人馬大量投入。炎も本物。あいた口がふさがりません。CGのなかった頃です。くり返します。CGのなかった頃です。現場の熱意が伝わります。大江山の鬼退治、じつは朝敵退治という合理的解釈...

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武士の誇りには注意しましょう。

著作権訴訟が起きたときは「身に覚えがありません」と言い張り続けるのが基本です。どんな犯罪も、黒と決まるまでは白です。「疑わしきは罰せず」です。法の番人とは、社会の番人ではありません。裁判が開かれるのは、悪い被告にみんなで石を投げて斃すためではありません。社会の番人を自認する一般ピープルによって、法律がまちがって運用され、残酷な私刑の口実とされることを防ぐのが、法の番人です。つまり過剰な刑罰が与えら...

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同人の誇りにも注意しましょう。

「身に覚えがありません」と言い張り続けるのが基本ですから、「編集部が~~」とか言ってしまってはいけません。それは人脈自慢ではありません。罪を認めたということです。「みんなやっていた」とか「みんな言っていた」とかいうのも、自分には味方が大勢いるという自慢にはなりません。それは、昔の仲間を自分の盾にしたということです。「もともと自分はアニメオタクではないが、アニメオタクを最初から金目で利用してやるため...

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フェミニズムへの逆恨み。

1970年前後に生まれた人は、高卒で事務員になっていれば、バブル全盛期にお給料を得て、たいへん良い思いができた可能性がありました。「でも母親の見栄で大学へ行かされたから損をした。やおいになっちゃった」なんて恨みを抱えている人もあるようです。若い女性が、母親への反感から、おなじ道を歩むことを拒否して男性化を望み、いわゆるBLに夢中になる。当時はBLといわずに「やおい」と称していたんですが、これを学者が唱...

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リア充は漫画では満足できません。

金目の自由は、最初から否定されています。問われるのは金目かどうか、いくらになるかではありません。食っていくために何をしても良いなら、危険ドラッグも児童ポルノもどんどん売ればいいし、子どもにも酒・煙草を売ってやって「俺はこれで食ってるんだ」と言えば良いことになってしまいます。金になるかどうか、食っているかどうかではなく、正しい取引かどうかが問われるのです。【弾圧の動機。】BLのほうが高級だと思ってい...

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Mくんのせいではありません。

まだ同人誌が肉筆原稿の直接回覧だった頃には、営利目的はあり得ませんでした。……と、古き良き時代の話をしていると、自称コミケ同人OBが「わたしゃMのせいで金づるを失くした!」と騒ぎ始めてしまうこともあります。同人というか、1989年式イナゴ初号機なわけですが、自分が時代の違う話をしていることにも気づかないほど、怨念に捉われている模様です。いわゆるトラウマが刺激されて、フラッシュバックが起きちゃったわけです...

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現役は若い人を止めるものです。

「足を洗えなくなるからやめておけ」というのは、もうずいぶん昔から同人が言ってきたことです。コミケが1975年に始まったとして、もう1980年代の前半には、そんなことを言っている人がいたのです。でも出品するたびに大赤字というようでは早々に撤退せざるを得ないわけですから、足を洗えなくなるていどには成功したということです。現代の作家も「小説家になれば他人に会わずに済むというわけではありませんよ。打ち合わせなど、...

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同人による同人差別。

「名古屋の奴らってテレビ放映が遅れてるから話題がずれてて笑えるーー」自分の作品を購入してくださったお客様について、言って良いことではありませんね。二次創作を先に読んで、後から原作を購読・視聴し、展開のちがいに驚いた人々は、きちんと原作を購読・視聴したということです。二次創作を読み捨てポルノ雑誌とは思っていなかった証拠です。あくまで原作愛が基本です。原作を無視し、読み捨て同人誌を制作して鼻高々になっ...

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同人によるゲイ差別。

「同人誌とはアニパロです!」「同人誌とはアニパロのエロです!」自分以外の存在を認めないのが差別意識です。知ろうともしないのが差別意識です。だから、こういうのは自称腐女子・自称コミケ同人による同人差別です。「私も同人やってたけど、同人なんて、どうせ皆おなじじゃん」という自虐意識は、差別意識と根っこが同じなのです。差別意識に基づいて同人誌即売会を利用した人は、「ゲイなんてどうせ皆エロいことしか考えてな...

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にわかイナゴも歳を取ったのです。

「私は金目のエロ同人の存在しか認めない! なぜなら私は金目でエロを書いたからだ!」ものすごく自己中心的な自称コミケ同人OBもいたことでございます。どうも、1990年頃のことしか知らないらしいです。コミケというところは、1975年に漫画同好会どうしの品評会として出発しました。初期の主宰者は、漫画という表現分野の一層の隆盛を心から願っていたようです。そこは決して、アニメのパロディ小説を主宰者と著作権者に黙って...

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