MISHA'S CASKET

-・別 201606 1/2

1975年7月、佐藤純弥『新幹線大爆破』東映東京

原案:加藤阿礼、脚本:小野竜之助・佐藤純弥、撮影:飯村雅彦・山沢義一・清水政郎、音楽:青山八郎革命がうまくいった国へ行ってみたい。東映が総力を結集して贈る超大作(撮影特報より)、爆弾時代、1975。現代の狂気を鋭く抉る!(予告篇より)山本圭の団塊代表なトッチャンボーヤぶりが泣かせます。見果てぬ夢を追った新左翼は、映画界にいい材料を提供したんだなァと変な感慨に浸りつつ、狂気と書くつもりで侠気になってしま...

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1965年1月、マキノ雅弘『日本侠客伝 浪花篇』東映京都

脚本:野上竜雄・笠原和夫・村尾昭、撮影:三木滋人、美術:富田治郎、音楽・斉藤一郎、編集:河合勝巳抱いてゆこうぜ、思い出だけは。足を洗った高倉さんを見た後で、戻って参りました。たぶんシリーズ中でも屈指の名作。「きれいなお方」たちのまばゆいばかりのツーショットが拝めますが、そこへ至るまでの社会派人情描写の味わい深さがマキノ流。スターぞろいの大企画ですが、真の主役は重機のなかった時代に石炭運びという単純...

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1972年、加藤泰『人生劇場』松竹

博打打ちじゃねェやい。侠客だい。原作:尾崎士郎、脚本:野村芳太郎・三村晴彦・加藤泰、撮影:丸山恵司、音楽:鏑木創、監督助手:三村晴彦出演:竹脇無我、田宮二郎、高橋英樹、香山美子、倍賞美津子、渡哲也三州吉良から東京、上海。大正から昭和。ヤクザが素人の暴力団と組む時代の、人生走馬灯。すっっっっっごい面白いです。ビックリしました。侠気も色気も血糊も映像美学も音楽も、大盤振る舞いの極上品。大人だけで御覧遊...

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1973年、加藤泰『花と龍』松竹

原作:火野葦平、脚本:加藤泰・三村晴彦・野村芳太郎、撮影:丸山恵司、音楽:鏑木創出演:渡哲也、竹脇無我、香山良子、倍賞美津子、石坂浩二、田宮二郎巷に雨の降るごとく、わが心にも雨の降る。刺激に継ぐ刺激、見せ場に継ぐ見せ場。間然するところなき堂々の三時間。任侠映画流行の最後を飾る傑作、あるいは東映任侠路線にとどめを刺す怪作。大正デモクラシーボーイの土性ッ骨は太かった。加藤監督は撮影現場を見学したい監督...

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ゲイに非婚を理解してもらうことはできません。

彼らは何十年も前から結婚したがっています。育児もしたいと思っています。彼らに云わせりゃ「自分が結婚したくない女が彼らの同性婚も認めてくれないから彼らに春が来ない」ということでしかありません。女性が彼らを指さして「私の他にも子育てしてない人がいるじゃないですか~~」というのは、責任転嫁でしかありません。また「産めない体」と云われることは、彼らにとって最も傷つく言葉です。「産める体だが産みたくない」と...

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挨拶せず、勘違いして、怒る人。

自分自身が偏見を持っているので、他人の話を曲解して、急に怒り出す人。たいへん気持ち悪いですね。この気持ち悪さは、自分の体が危険を知らせるサインなのだろうと思います。このタイプが身近にいれば、いつ刃物を持って殴り込んでくるか分からないということですから。人間、自分から見込んで「仁義」を切った相手に対しては不義理をしないものですから、逆にいうと、挨拶しない人というのは、後で面倒を起こす人です。ツイッタ...

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生身の人間に噛みつくのは傷害罪の可能性があります。

人間の口腔には、さまざまな雑菌が住んでおり、ふざけたつもりが重篤な症状を引き起こし、相手の一生を台無しにしてしまう恐れがあります。「口唇愛期だから」「母親がトラウマだから」「アダルトチルドレンだから」「性的マイノリティだから」どんな言い訳をしても、生身の他人に噛みついてはいけません。フロイトの精神分析は、犯罪の言い訳に利用されるために生まれてきたのではありません。強迫神経症に悩み、一日も早く「治り...

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1980年8月、舛田利雄『ヤマトよ永遠(とわ)に』

女性なるもの、我らを導く。監督:舛田利雄、脚本:舛田利雄・山本英明・藤川桂介、美術設定:辻忠直、メカニックデザイン:辻忠直・板橋克己劇場版第3弾。配給収入、約13億5000万円。ちょうど同じ頃に『銀河鉄道999』の劇場版があったはずで、機械化母星というのは同じ発想ですから、確かに松本零士が原案を出したのでしょう。女性キャラクターの活躍ぶりも西崎イズムよりは松本イズムのように思われます。あるいは男性向けシ...

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アドラーとフロイトを混ぜてはいけません。

「あなたはご自分の『心配してやっている』という気持ちを私に押しつけているだけです。自己満足のために私を利用しないでください。私をほうっておいてください」これを云う人自身が、「私が今のような人間になってしまったのは、うちの母親が子どもに自分の『心配してやっている』という気持ちを押しつける人間だったせいです」と云っちゃうようだと、ダメだこりゃなのです。...

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フロイトとアドラーは順序よく使いましょう。

まず、慣れない方には唐突な話題ですが、いわゆる「BL」というのは男性中心社会に対する皮肉だ、という解釈があります。と云うと「だからもうそういうフェミっぽいのは飽き飽きなのよ!」と、いきなり叫び出す人もあります。「だから、今その話をしてるんでしょ?」ってことですね?男性中心社会に対する皮肉という解釈は、社会学者自身のイデオロギーに基づく勘違いであって、根拠に乏しく、不適切ではないか? 不適切な言説が...

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2.TPPが問題視したのは商業的規模の違反です。

でも日本では「コスプレもやばいのか!?」「インターネットから好きな作品が削除されてしまうのか!?」と心配する声が挙がってしまった。背景には「サブカル」全体への反感があって、「今度こそダメだな」と揶揄する雰囲気があったからです。もし本当に非親告罪ということになれば、慣れない人には独創作品とパロディ作品の見分けがつかない。「どうせ日本の漫画・アニメはみんな似たような大きな眼をしている」「どうせ全部コピーの...

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個人出品者のマジョリティ性。

世の中には「サークルとは名ばかりで、実際には全員が個人的に出品しているだけだ」と、わざわざ証言したがる人もいることです。売上金を持ち逃げされると困るから、誰も信用できなかったそうです。でも現在の現実のコミケには、今なおグループ活動している参加者も存在します。つまり、その人自身が売上金を独占したかっただけです。では、あくまで個人資格において、原作者と話をつける覚悟があるのか?ではなくて、そういう個人...

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3.子どもなら再教育が必要です。

そろそろ「モラトリアム」を超えましょうというお話。子どもの非行は本人の責任ではなく、社会全体の責任であるというのは、1980年代以降顕著になった考え方ですね。でも、社会が子ども自身の責任を問わないことは「悪いことを続けさせてやりましょう」という意味ではありません。「よく云って聞かせれば分かるはずの子ですから、同級生から引き離して収監するなんて可哀想なことをする必要はありません」という意味で、再教育と保...

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1980年8月、舛田利雄『二百三高地』東映東京

君の祖国は、日本と呼ばれる。脚本:笠原和夫、撮影:飯村雅彦、特撮監督:中野昭慶、特撮撮影:鶴見孝夫、光学撮影:宮西武史、アニメーション:東映動画、音楽監督・指揮:山本直純明治から未来まで撮る男、日活の天皇は超辛口でした。旅順攻防255日。戦記映画は各国にありますけれども、これほどドライな語り口と情緒を揺さぶる娯楽性と「戦争とは何か」という真顔の問いかけを共存させた傑作も珍しいかと思います。手もなく泣...

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乗り越えたのは、お母様の影ではありません。

もし、ふたこと目には「母親がトラウマだから~~」と云っていた人が、急に「母親のトラウマを自分で乗り越えた!」と奇妙なことを云い出した時には、べつに勘違いではなく、セラピーの誤用でもありません。そう云わざるを得ないことに気づいたということです。新宿二丁目へ乗り込み、我こそは男性中心社会(の強権を代行する母親)の被害者という顔をして、人権運動してやるつもりだったストレートが、自分の甘さに気づいたという...

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ノンセクシュアル同人がなすべきこと。

日本で最初のホームページが作られたのは、1995年です。もし本当にアニパロ小説をビジネスとして確立するつもりなら、コミケ準備委員会の厚意に依存せず、自分で「ノベル・マーケット」を立ち上げることもできた。「まんだらけ」のような店を開くこともできた。いち早くパソコンの勉強をして、通販体制を整えることもできたのです。せっかく大学へ行きながら、なにも勉強しなかったというのは、ひとえに自分の責任です。母親が自分...

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1983年3月、勝間田具治・西崎義展『宇宙戦艦ヤマト 完結篇』

きみの故郷は、地球と呼ばれる。脚本:山本英明・笠原和夫・山本暎一・舛田利雄・西崎義展、絵コンテ:白土武・遠藤政治、音楽:宮川泰・羽田健太郎、総作画監督:宇田川一彦、美術監督:勝又激、撮影監督:清水政夫、アソシエイト・プロデューサー:山本暎一、監督:勝間田具治・西崎義展、総監修:舛田利雄、ナレーター:仲代達矢劇場版第4弾。沖田艦長、ご無事で何よりです。(敬礼)他にも御都合主義なエピソードはぜんぶ西崎...

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1970年9月、フライシャー、舛田『トラ!トラ!トラ!』

ワレ、キシュウニセイコウセリ。監督:リチャード・フライシャー、舛田利雄、深作欣二 脚本:ラリー・フォレスター、小国英雄、菊島隆三  音楽:ジェリー・ゴールドスミス 撮影:チャールズ・ウィーラー、姫田真佐久赤い灯、青い灯、栄の響き(のつもりで)。日本人なら見ておきましょう。航空機の出撃シーン数あれど、これほど美しいものはまたとありますまい。いや、あってもいいんですけれども、随一に挙げたいです。しまい...

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1977年10月、佐藤純彌『人間の証明』

キスミー、ママ。ハレルヤ!原作:森村誠一、脚本:松山善三、撮影:姫田真左久、助監督:葛井克亮読む前に見ました。敗戦の国の自然はなおも美しく、人々の復興は痛みに満ちていたのです。「フランス象徴詩を日本へ紹介した西条八十」の象徴詩が、まずは原作全篇の象徴。映画では冒頭から本職のブラック・イズ・ビューティフルなモデル女性たちが、もうひとつの象徴となって、華やかに舞い踊ります。お衣装提供は寛斎スーパースタ...

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寺山修司の勘違いと、社会学者の自己満足。

まず、ここでいう「フェミニズム」とは誰のことかというと「私のことかしら?」と思う方です。より良い未来に向けて、それぞれに考えてくださればよろしいので、あわてて言い訳クレームなさる必要はございません。さて。【寺山修司の勘違い】かつて、寺山修司が竹宮恵子『風と木の詩』を一読して「少女の内面を表している」と評した。端的には、これによって、いまで云うBLを読むのは少女に限られるというステレオタイプが成立し...

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パロディ同人が自虐した意味を理解しましょう。

パロディ同人が自虐したのは著作権問題を隠蔽するためです。まず最初に使われた言葉は「ヤマもオチもイミもない」を縮めたものでした。けれども、1998年以来、それが「トランスゲイである」という誤解が流布したために忌避されるようになりました。入れ違うように登場した新しい造語は、PCのキーボード誤変換(の発想)に基づくものでした。当時はちょうど「Windows98」の普及期に当たっていたのです。字義通りには確かに「傷ん...

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自分の都合と、社会問題を区別しましょう。

実写映画でも同人漫画でも、自分が見たり読んだり描いたりするぶんには「エロが目的」でもいいわけです。でも、それを論評したり出版したりした時に「女のくせにこんなものを見るな」とか、「どうせ何を描いても下手なんだから、さっさと嫁に行け」とか云われたら?「女だから何だって云うんですか!」とか、「結婚は女の義務ではありません!」というフェミニズム運動が発生するわけですね。また、女性がアニメ雑誌を持って歩いて...

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他人の商売をつぶしたがるよりも、本物の弱者に配慮しましょう。

まず、世の中には、本当に性的な創作物が苦手で、BLも読めないという人がいます。PTSDを刺激され、頭痛・めまい・嘔吐感に悩まされるという人が、本当にいます。でも彼(女)たちだって、好きなアニメキャラクターの登場する二次創作を読んでみたいと思ってもいいですし、美少年が大勢登場するお話を読んでみたいと思ってもよいことです。美少年・美青年は好きだが、下半身の話は困るという人は、本当にいるのです。女性とは...

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BLは今でもジェンダー論です。

「BLはジェンダーとか関係なくって、ただのビジネスよ」という声があります。そう云ってしまう女性が現れたということ自体が研究材料になり得るということは、分かっていないようです。【購読者が存在する理由】男性中心企業が「BLを売ってやるぜ」と思うことができるのは、買ってくれる女性が存在するからです。つまり女性がお金を持っているからです。なぜでしょうか? 女性が社会進出できたからです。女性が社会進出できた...

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1977年、篠田正浩『はなれ瞽女おりん』東宝

製作:表現社、原作:水上勉、脚本:長谷川慶次・篠田正浩、撮影:宮川一夫、音楽:武満徹芸術祭参加作品。タイトルから予想される通りの哀しいお話ですが、水上文学完全映像化という品格を保っております。瞽女(ごぜ)は盲目の三味線芸人で、北陸の村落共同体の中で一定の尊敬を得ており、立派な組織と家屋があって、女だけの共同生活を送っています。文明開化の世の中ですが、照明を点ける必要がないので、時計の音だけが響く室...

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ジェイムズくん。

「野生化した人工知能が選挙権を要求してくる未来があり得る」という話を聞いたもんですから、とっさにテレビドラマ『相棒』のジェイムズくんを連想したんですけれども。どうもね。ジェイムズくんというと、黒髪で片目を隠した吝嗇な青年の印象しか浮かんで来ないタイプでございます。どケチ虫な人工知能が国家予算の使い方に難癖つけて、選挙権どころか立候補してきたら、どうしようかなァ……。なお、1980年代前半の漫画の話をしろ...

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1981年11月、降旗康男『駅 STATION』

デジタル社会の未来と、市場分析は専門家におまかせ致しまして、アナログ時代を懐かしむ映画鑑賞会企画。沖のカモメに深酒させて、主と朝寝がしてみたい。お酒はぬるめの燗がようございます。さて。流れ流れて吹雪の下で、義理に駆られて38口径の出入り。製作:田中壽一、脚本:倉本聡、撮影:木村大作、音楽:宇崎竜童、編曲:朝川朋之雪国に馴染みすぎたスタッフが描く、その後の健さん。物語の骨格は、仁侠映画とそんなに違わな...

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日本は東京ではありません。

東京都では、子どもの遊ぶ声を騒音として認定することにして、保育園などが完全防音の対策を進めているそうです。その話を聞くと「日本おかしいよーー!」って云っちゃう人もあることです。東京と日本はイコールではありません。東京がおかしいだけです。いやなら東京に住むことをやめればいいです。一極集中が緩和されます。...

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1951年、木下恵介『カルメン故郷に帰る』松竹

皆様、どうかこの絵巻物をいついつまでもお忘れなく、輝かしき思い出の一頁におしたためおき願います。バックオーラ~~イ♪撮影:楠田浩之、音楽:木下忠司・黛敏郎、衣装:浜野庄太郎、衣装提供:高島屋木下映画の真骨頂、でよろしゅうございますね?じつは『善魔』を拝見した時、「木下映画って面白いのか……?(汗)」と思ったんですけれども、これはよく分かりました。 すべての場面に目が細くなってしまったことです。浅間山...

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他人の人権運動に便乗するのはやめましょう。

【1.自由とは他人に依存しないことです】身体障碍者が「私は『この何々め』と怒鳴られながら、ひどく殴られました。名指した時点で差別です。差別心を助長・増長させるような単語は、もう誰も使わないでください」と要望している横で、「当事者が差別用語を使ってるから、私たちも『ホモ』ってゆってもいいじゃないですか~~!」というのは、ぜんぜん筋が違います。目的も違います。「自分が面白がりたいから」という理由で使っ...

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