MISHA'S CASKET

1941年12月、溝口健二『元禄忠臣蔵』松竹京都

春の名残を、いかにとかせん。総監督:白井信太郎 原作:真山青果 脚色:原健一郎・依田義賢 撮影:杉山公平・松野保三・中村忠夫 美術:水谷浩 建築:新藤兼人 音楽:深井史郎 襖絵:沼井春信・伊藤栄伍 能楽考証:金剛巌花は桜木、人は武士。監督は溝口。全篇を律する構図の美意識とカメラワークのダイナミズム、演出のストイシズム、そして脚本の知性に酔いましょう。これが日本の映画です。クレーン位置、高いです。オ...

男性ホモソーシャルへの皮肉ではないこともないですから。

大島渚監督映画『戦場のメリークリスマス』において、坂本龍一作曲のメインテーマはくり返し鳴り響きますが、個人的に最も印象的だったのは収容所の遠景。人間同士はいろいろあるけど、ほんとうは草木や虫まで含めて、宇宙の中の地球という星の上の仲間なんだよという、おおきな意識を表現していたかと思います。監督談話として、公開初日(1983年5月)には13歳から18歳とおぼしき若い女性が劇場に詰めかけ、目を潤ませて監督の手...

若者は情けないという人は、徴兵されると思っていない。

いちばん若かった兵隊さんは、1945年8月に14歳で海兵団に志願入隊した人です。1931年生まれ。今年86歳。それより若い人は、従軍経験がありません。いまどきの若者は情けないという人や、日本人の平和ボケを鋭く指摘するジャーナリストはよくいますが、そういう人々は、自分が40歳を過ぎているので、徴兵されると思っていないのです。憂国とか、カッコいいんですけれども、ほんとうに若い人は、あまり自分の中で盛り上がってしまわ...

女性活躍時代だから、LGBTを困らせない努力が必要です。

1990年代には、「BLvs.ゲイ」ではなく、フェミニストとも呼ばれる社会学者の一部が介入した論争が生じた由にございます。彼女たちは、なぜか少女のBLファンだけを議題にしました。けれども、その時点でほとんどの同人・読者が成人していました。なぜ、誰も成人の責任を問わないのでしょうか? 創作表現の自由と、実在者に対するプライバシー侵害・言葉の暴力というのは、問題の質がちがいます。なにごとも女だからと言えば許...

独身女性がゲイと連帯すれば現実逃避できる時代ではありません。

もはや、ゲイと連帯すれば、独身女性が女としての課題から逃避できるという時代ではありません。独身女性自身が納税者として「ゲイカップルを制度に乗せてやれるかどうか?」と考える時代だからです。同性愛カップルに配偶者控除を認めてやれば、そのぶんを誰かが負担しなければなりません。配偶者がいると、なぜ税金が減免されるのか? 嫁さん自身は老幼の世話があって自分で給料を取れないから、ですね。夫たる人が自分の食糧だ...

性的創作物の規制に対して、ノンセクが本当に言うべきこと。

これ変なんですよっていう会話の例。それは2010年代初期。(もはや回想録)某自治体の公立図書館で、BL単行本が開架に収蔵されていることを、BLという表現に慣れていない人が発見して、その性的描写に驚き、全面規制か年齢制限かという議論が起きたのです。その頃に、インターネット社会の片隅で。発言者A「女性がBL・レディコミを読んで自慰するのは不適切なので、BL・レディコミを発禁に致しましょう」発言者B「カマト...

アドラーと、岸見と、古賀。

アドラー(Alfred Adler アルフレド―)オーストリアの精神医学者。フロイトの性欲中心の学説に反対して、人間活動の最大の動機を優越欲求に求め、「個人心理学」を樹立した。(一八七〇~一九三七)(参考:国語大辞典(新装版)小学館、1988年)ふと思い立って、手元にある辞書を繰ってみましたら、アドラーが紹介されていました。してみると、2013年12月よりも前から、彼の存在と理論は日本に知られていたわけです。『嫌われる勇...

被害者ぶりっ子をやめると、楽になります。

「自分で選んだ道だ」と見切ることができると、誰々のせいでこうなったと恨む気持ちがなくなるので、自分自身の人生が楽になります。肩の荷を降ろして、深呼吸したような気分になります。ただし、リスクがあります。「私のことを可哀想だと思って特別サービスしてよ」と言えなくなることです。逆にいえば、特別サービスしてほしい人は、自分で自分にレッテルを貼って、可哀想っぽく見せかけるのです。周囲の人は、そういう人に、う...

なぜ「障碍がある」というのか?

障碍があるということは「特別あつかいしてもらえるからラッキー♪」ということではありません。一般社会に適応する努力が、他人より余分に必要だということです。つまり本人が努力することが前提です。そもそも、なぜ障碍があるという言い方をするかというと、障害物競走というもののように、走りやすい道がまっすぐに通じているのではなくて、ハードルが置いてあったり、溝が切ってあったりするから、それを頑張って乗り越えて行...

身体障碍者差別用語を連投することは、あなたの人権運動ではありません。

プロ漫画家が「江戸時代の話を描きたいが、編集者によって台詞の一部を削除されるので困る」という話をしていたのです。漫画家としては「また差別的な単語を流行させてやろうぜ。現代の実在身障者をイジメてやろうぜ」ってことではないですね。江戸時代の差別に負けずに成功した人や、差別されていた人が主人公の活躍によって救われたという話を描きたい。読者のほうは、もともとその漫画家が好きだという人だけが「新刊が出た」と...

ゲイの本音は「女性は弱者の連帯とか自分に都合のいいこと言って荒らしにならないでほしい」です。

まず、世間様が疑問に思うのは「なぜ、女性の性欲が女性キャラクターで表現されないのか?」です。だから「なぜBLなの? どこが面白いの?」という疑問を提出された(と思った)時に「女にも性欲があるもん!」とか「エロを買いに来る読者が大勢いるんだよ!」では答えになりません。言えることがあるとしたら「私の性欲は、男同士を見物することによって満足されるので、女性が男同士を見物したり読んだり描いたりすることを禁...

当方の同人・BL論は、論理展開の段階があります。

1:BLは、明治文学のアレンジです。2:BLは、ストレート女性中心主義です。3:だから、実在LGBTに迷惑かけてはいけません。本当に言いたい点は、もちろん「3」です。同様に同人論のほうも。1:同人誌とは、もともと本当に同人会の会報で、会員全員のオリジナル作品をまとめたものです。2:1970年代に、誰かがアニメのパロディを描くことを思いつきました。その時点では、まだ必ず売れるという保障がありませんでした...

1978年9月、山本薩夫『皇帝のいない八月』松竹

暴力団のピストルや過激派の火炎瓶ではない。機関銃だ。原作:小林久三 脚本:山田信夫・渋谷正行・山本薩夫 撮影:坂本典隆 美術:芳野尹孝 音楽:佐藤勝 録音:田中俊夫 照明:八亀実 編集:杉原よ志 ナレーター:鈴木智 協力:逗子マリーナわれわれの愛する歴史と伝統の国は日本と呼ばれ、汨羅の淵に波は騒いで、三島の死から5年待ったのではなくて、8年。副題:DER KAISER IST NICHT AM AUGUST.実弾飛び交う派閥全...

1968年12月、湯浅憲明『蛇娘と白髪魔』大映

企画:仲野和正 原作:謀図かずお 脚本:長谷川公之 撮影:上原明 特殊撮影:藤井和文 録音:飛田喜美雄 照明:久保江平八 音楽:菊池俊輔 編集:宮崎善行 助監督:小林正夫 皇帝はいないが、蛇娘はいるぞ!(言ってみたかったです)映画は大映。テルミンひよひよ。明暗のコントラストが美しい84分。特撮と特殊メイクは当時なりですが、通常撮影部分の構図とカメラワークと色合いがたいへん美しいです。クトゥルー神話シ...

黙秘する権利がある、とは?

「黙ってると痛い目を見るぞ!」と言われる筋合いはないということですね。つまり拷問の禁止です。戦後憲法は、戦前の治安維持法によって反戦運動が抑圧され、日本が戦争に突き進むほかなかった、そのことを念頭において、反戦運動を抑圧しないことを最大限に優先しているのです。だから「表現の自由」とは、政府を批判する権利です。法律の作り方を批判する権利。えらい人だけで勝手に決めてはいけなーーい! という権利です。っ...

日本語は見た目が美しくないという人もありますが。

漢字とカタカナとひらがなが混ざっているので、見た目に乱雑な感じがするというのですね。誰が言ったか特定してバッシングしなくていいです。文化論につなげて行くという話だからです。あなたも「英字新聞ならカッコいい」と思って、ラッピングに使ったり、室内装飾に使ったりしませんか? 洋服の背中いっぱいに英文が印刷してあることも、よくありますね。あれが日本語だったら?なんか押しつけがましいような、騒がしいような感...

もしも他人が自分の知らない話をしていたら。

「あれ? ……もしかして、私の認識のほうが間違っていたのかな?」と思いましょう。自分を疑うというのは不安なものです。それが出来ることが本当の勇気です。自分を疑う必要がないと思い込んで安心しきっていることを、LGBTたちは「マジョリティの横暴」と言います。あなた自身が女性でも、性的マイノリティ自認でも、「ぜったいぜったい私のほうが正しい!」と思ってしまった時点で、横暴の仲間入りです。...

トラウマ自認の人は、SNSよりブログにしましょう。

「母親がトラウマになっている」とか、「子どもの頃に何々と言われたのがず~~っと気になっている」とか、そういう人はSNSを抜けてブログにしましょう。読んでくれる人があろうがなかろうが、自分の言いたいことを言うことだけはできます。それでいいのです。あなたが正しいと思うなら、そこで完結していいのです。(参考:『嫌われる勇気』p.107)とくに「母親のトラウマがフラッシュバックして他人を怒鳴りつける癖がある」...

ゲイを理解したつもりの付きまとい。

「ゲイは女性が苦手だからホモになったというわけではないわ。私はそのことをちゃんと理解しているのよ」という女性が、だから彼らもほんとうは女性と仲良くしたいと思っているはずよ、と自分に都合よく解釈してしまうと、付きまといさんになってしまいます。彼らが本当に嫌っているのは、その、女性の自己満足中心主義かもしれません。気をつけましょう。...

自称性的マイノリティと、自称フェミニストは似ているから困る。

人生いろいろ、独身主義もいろいろで、何種類かあるわけでございますが、ときどき「私は異性と強制的に結婚させられたくないから同性愛者と連帯できるわ」と思ってしまう人もあります。これが困る。なぜなら、LGBT(の一部)というのは同性婚したい人々であって、たんに異性との結婚を回避したいだけではないのです。彼(女)らは、なによりもまず同性愛のお相手・お仲間と静かに親睦を深めたいのであって、シス・ストレート女...

女性は「中二病」と言われて喜ばないように気をつけましょう。

もともと、女性読者がどちらのキャラクターにも感情移入しやすいように、豪華な設定を与えられ、繊細な筆致と華麗な色使いで描かれたイラストが付属した漫画または小説を読んだだけで「私は男を愛する男の気持ちが分かったわ」と思ってしまう。これは『永遠の0』を読んだだけで特攻隊員の気持ちが分かったとか、仁侠映画を観ただけでヤクザの世界が分かったとかいうのと同レベルです。『皇帝のいない八月』を観たからといって、現...

もと同人を、しっかり叱るべきだったという後悔。

「あなたみたいに勘違いして新宿二丁目を荒らす女性がいるから、LGBTの平和のために、あなたに向かって言ってるんです」って言っておくべきだったなぁ……。という後悔を取り戻そうとしているのではあります。もともと当方では、SNSにおいて同人・BL関連の炎上が起きることと、「BLはポルノだと思われたくない」という声があることを知って、不思議だなと思ったのです。昔はそんな偏見なかったんだけどなって。同人なら、...

可哀想だから、大目に見てやってほしいとは思いません。

まず当方は「BLの読みすぎで頭がおかしくなった女は可哀想だから、大目に見てやってほしい」とは思いません。それではBLは犯罪者を量産する創作分野ということになってしまい、一日も早く禁止したほうが良いことになってしまいます。そうじゃないです。ほとんどの作者・読者は問題を起こしていないからです。新宿二丁目まで行ってしまう女が個人的におかしいです。ふつうに酒を嗜む客として行ける人なら先方も歓迎でしょうけれ...

付きまといを正当化してしまわないように、自分で注意しましょう。

BLは、女性が実在の男性同性愛者のあとをつけて歩いているうちに「俺はもともとゲイだけど、女のなかでお前だけは特別だから、俺の彼氏と3人で同居しよう」と言ってもらえるという幻想を助長してしまいやすいので、やっちまわないように各自で気をつけましょう。もともとBLは「俺だって美少年にモテてみたい」という中年男性の御都合主義と「私だって美少年にモテてみたい」という中年女性の御都合主義が重なったところに成立...

LGBTが自称ノンセクに困らされないために。

母親がトラウマになっている可哀想な少女だけが排他的にBLを選択せざるを得ないということはありません。男女関係に興味がない人は男男関係にも興味を持たなくて大丈夫です。生きていけます。BLが性的・暴力的でなければならないということもありません。その人自身がそういうものを書くのが楽しくて、そういうものをほしがる客だけを相手にしていただけです。同人活動は新人お笑いタレントと同じで、最初は目新しさだけで売れ...

電子書籍と、紙の書籍。

電子書籍は、最初からデジタル文書として制作されたものでないかぎり、電子化する手間がかかるので、意義があるものとしてほめ称え、電子化する仕事をしてみたいと思う若者・誇りをもって作業にあたるという若者(女子の部をふくむ)を増やす必要があります。いっぽう、人類文明上で文字が発明されて以来すべての文書・書籍をデジタル化することは、ほぼ不可能ですから、紙の書籍を維持する意識を持った人を養成することも重要です...

祖先の話なのに自分がばかにされたと思うことが、おかしい。

BLの基本構図は明治時代の男性文学にありますというのは、その後の女流の努力・創意工夫を否定した、という意味ではありませんね?人類のもともとはアフリカの猿ですが、それを言うことは、脱アフリカ後の人類文明の興亡を笑いものにしたということではありませんね?文化の歴史を、大元にさかのぼって、順番に確認して行きましょうという話(いわば歴史の授業)なのに「失礼な! いまのわたくしは猿ではございませんことよ!」...

1990年代のBL論は、最初から成り立っていないのです。

1978年創刊以来の専門誌『JUNE』の連載陣が、自己弁護的な解説書を発行したのは、1990年代に集中しています。当時、ゲイコミュニティが「少女のうちから読ませるな。差別意識を助長するから」という弱者の声を挙げていました。だから、栗本薫=中島梓などのプロ作家陣は「なぜ少女のうちから読ませる必要があったのか。どういう思いで、私自身は少女のうちから読んだり書いたりしていたのか」を意見陳述したのです。ただし、1990年...

「同人はフェミとは別」とは言っちゃいられない時代に。

思い起こせば(もはや回想録)、清盛が放映されていたのと同じ頃に、某テレビアニメ番組の権利者が二次創作許可を出したということがあって、小説投稿サイトやブログランキングが似たような投稿作品で占拠され、一般利用者から苦情が挙がったのです。当時はまだ「二次創作BL」という呼び方がなくて、「腐向け」というタグを他人が打つということがあったもんですから、その決して良い意味ではなく、二次創作BLに対する反感を示...

オトコのロマン、オトメのロマン。~BLクラスタが考えておくべきこと。

二次創作BLというのは、SFアニメが提供する「オトコのロマン」に対して「オトメのロマン」なわけで、ちゃんと韻を踏んでいるのです。うまく出来てるのです。それが乙女のロマンなのは「男性は読みたがらない」という消極的理由によるものです。逆にいえば、すべての乙女が読みたがるからではないです。狭義の腐女子とは、実際に自費出版してイベント出展する二次創作BL同人のことですが、この人たちが頼んでもいないのに「負...