Category2016 1/10

【同人の心得】人気は一過性であり、甘い世界ではありません。

同人としての人気は一過性のものです。深くうなずく先輩なら大勢います。赤字を出しただけだったという人もいるはずです。甘い世界ではありません。最低でも自費出版の元を取りながら、数十年間も出展または委託販売を続けていられる連中というのは、けた違いの才能の持ち主です。勉強も続けています。絵のレベルはどんどん上がっています。原作も読み込んでいるし、漫画・アニメ以外の専門知識も豊富です。あえて言えば、プロにな...

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男同士のイメージ転換と、中年の過去自慢。

福島次郎の作品を参考にするかぎり、男性同士の行為というのは、男女の模倣ではありませんね。当然といえば当然のことで、もともと男男なんですから、男女の模倣をする必然性はありません。古代以来の伝承を参考にするかぎり、男女の模倣というのは、社会的に不自由または自由すぎるストレート男性における若年者の代用です。これを同性志向男性が知って「あ、男同士はそういうふうにやればいいんだ」と思っちゃった。彼らだって赤...

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ゲイにメリットのない連帯は、女性のわがままです。

ストレートがゲイのために出来る最良のことは、自分自身がゲイコミュニティに走り込んで、チヤホヤしてもらうことではありません。彼らに背を向けて、ストレート仲間に向かって「これ以上この人たちをイジメないでやってください。お願いします」と頭を下げることです。「そんなの無理よ。だって女の子だも~~ん」と言うなら、レズビアンから白い眼で見られるでしょう。また、同人がゲイのためにできる最良のことは、自分のファン...

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自称「性的マイノリティ」の見分け方。

挫折を経験したマジョリティが、マイノリティを詐称すれば特権を手に入れることができると無意識のうちに計算を働かせてしまうことは時々あります。凶悪犯罪を起こしておいて自分から「心神耗弱により無罪」を申し立てるのも一例です。刑法犯が錯乱し、結果的に罰をのがれるというのは、研究の不十分だった時代に映画などによって作られてしまった「イメージ」だと思われますが、もちろん黒澤が悪いわけじゃありません。観客のほう...

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「母親のトラウマ」は、中年の言い訳です。~自分の姿に気づきましょう

いまどきの若い人々は「おかんメール」を流行らせるくらいで、基本的に実家のママが好きです。親自身が漫画・アニメ世代ですし、親子で美少女戦士や麦わら海賊団の話題を共有する人もあるでしょう。サブカルの話が通じない田舎者の親を振り捨てて、自分だけ都会人になる(社会階層を上昇する)というイメージを持つことができたのは1980年代の話です。現代の現実は「1DK」といえば聞こえがいいだけの六畳一間のアパートを維持す...

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少年漫画を読む女が責任を問われる時代。

日本の大学というところは、男尊女卑の巣窟の一つで、女性の研究者は下積みが長いのです。というか出世できる見込みがないのです。少なくとも、そういう時代があったのです。何十歳になっても、師事している男性教授のコピー取り・お茶くみ・宴会の際のお酌を期待されているだけ。男性顔負けの論文を書いているのに認めてもらえない。だから、フェミの先生自身が「女はどうせ男性中心社会で出世させてもらえないから、わざと子ども...

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【同人の心得】「二次創作は遊び」の本当の意味。

パロディ同人のいう「私たちのは遊びだから」に続く言葉は「絶対に本物を怒らせるな」です。「遊びだから大目に見てもらえる」ではありません。まちがえないでください。もともと、ゲイに対して「絶対にホモという言葉を使うな。ゲイバーへ行くな。余計な質問をするな」という意味です。1980年代初頭に、やっちまった同人がいたらしいです。1990年代初頭に「新宿二丁目へ行っちゃった人がいるらしい」という噂が伝わってきたことも...

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【フェミ的BL論批判】意外にもBL論は女性意識の受身性を示している。

男性から「なぜ男同士なの?」と訊かれて「女性キャラクターに感情移入できないから」と答える。男性から「なぜ女性上位ではないの?」と訊かれて「男性読者が喜ぶものになってしまうから」と答える。けれども「だからといって女性読者が男性キャラクターに感情移入できるとは限らない」という肝心の点が閑却されている。議論の進行が受身なわけです。ああ言われればこう言うという「受け答え」しかできない。根本的な問題を自覚す...

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【フェミ的BL論批判】「なぜ組み合わせるのか」というのは、問題の立て方がまちがっているのです。

人間は「まねぶ」ことが上手いように出来ています。英才教育ということがあるように、幼ければ幼いほど、見たまま・聞いたままに真似するものです。確かに、スポーツ・芸事などを覚えようとしている修行期間中には考えないほうがよいわけです。でも、先生にも先生がいる。その先生もいる。そのまた先生もいたはずです。現代の常識とされている固定観念は、いったい歴史のどの時点で形成されたのか? これを問い直すことは確かにむ...

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BLの動機、連帯の偽善、抵抗する男たち。~混同の分離

もし、女流が同性愛または少年愛を描いた時点で「ヤバイ」ので公開できないなら、そもそも二十四年組の活躍があり得ません。とすれば、その影響下に発生したとされる「アニパロ」同人活動もあり得ません。プロの創作家が自虐して、担当編集者に対して「見ないで下さい」といって隠す程度のものなら、それは未来永劫、市販雑誌に掲載されることはないのです。「二十四年組から始まった」という以上、むしろプロが自虐してくれてりゃ...

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