日本の女性には、非婚の権利があります。

日本国憲法において「結婚は両性の合意のみに基づく」とされているのは、親の命令や借金のかたなどという理由で嫌いな男と結婚させられることはない、ということです。

男性は、もともと暴力ずくで嫌いな女性のものにされてしまったということが少ないものですから、これは女性の人権を守るための措置なのです。

御存知の通り、GHQの憲法起草メンバーは左傾しており、若い女性も参加していたそうです。また日本が男性中心・武士道中心の価値観によって危険な体当たり戦法を敢行したことは明らかですから、日本女性の発言権を強くして、戦争反対という世論を形成することは、連合国全体にとっても安心だったのです。

さらに、日本民族が絶滅しても構わないのが連合国です。無抵抗で領土を分割することが可能になるだけです。

つまり、世界同時革命的フェミニズムと、連合国の政治的思惑が一致したところで、女性の権利を最大限に保障する日本国憲法が施行されたのです。

同性愛の男性にとっても、「親や近所の世話焼きで興味のない女を嫁に迎えなければならない」ということがなくなったので、日本国憲法それ自体はありがたいのです。

ただし、彼らの本音は「同性と結婚する自由を認めてくれ」です。彼らは「育児もしてみたい」と思っています。全員ではありませんが、もともと多様性の尊重という話ですから、したい人はできる自由が保障されるということが重要です。

ただし、男性の場合は自分では産めませんから、まず女性の出産力ありきです。外国の戦災孤児を受け入れるという時も同じことです。どこかの女性が産んだお子さんです。

ただし、出産は命がけです。どんなに医療が進歩しても不測の事態は起こります。合併症を完全に予防することはできません。胎内で健康だった子が出産時に障碍児になることもあります。母体が出血多量による脳内酸素不足で植物状態になることもあります。輸血による体調不良が後から起きる可能性や、無事退院した後の自宅で大量出血する可能性もゼロではありません。

出産なめてはいけません。それは血まみれの戦です。

だから、自分の血の臭いも嗅いだことのない他人が軽々しく「産めばいいじゃん」と言うことではありません。未婚女性が軽々しく「私だって一人ぐらい」と言うことではありません。

その一人の児のために、あなたの人生設計が根底から覆される可能性が、充分にあるのです。

それでも「産んでみよう」と思うことができるのは、惚れた男を通じて、天から授かった命だから、運を天に任せようという、ほぼ宗教的な信念です。

それを支えてくれるのが「自分で選んだ結婚だから。好きで一緒になった人だから」という、女の誇りです。

それは、他人が強制することではないのです。

その「自分で決める」権利を充分に保障されているのが、日本の女性です。だから、本来は「なぜ結婚しなかったのか。なぜできないのか」と言い訳する必要もないのです。

でも、言い訳しなければならないと感じてしまう。だから本当の問題は、その気持ちです。

Related Entries