BL論には、つねに目的があるのです。

本来、国民は自由なので、創作物選択の動機をいちいち説明しなくていいのです。

自由であるということは、誰かに理由を言って認可してもらう必要がないということだからです。保護者の監護下にある児童が学校を休みたい時や、お小遣いを値上げしてもらいたい時とは違うのです。

だから、コンビニで成人向け漫画を買う成人が「俺には実際の彼女がいないから」とか「性病が怖いから」とか言い訳しませんね? ホラービデオを借りる成人が「ストレスが溜まっているから」とかカウンターの人に言いませんね?

それでもBLを説明する人々というのは、ちゃんと目的があるのです。

フェミニストは「少女たちは今やBLに逃避せざるを得なくさせられている。それは男性中心社会が横暴だからである」という社会批判がしたかったのです。

作家たちは「少女に購読させることは必要だった。だからこれからもBLを発禁にしてはいけない」って言いたかったのです。

でも、それでは問題が解決しなかったのです。

なぜなら、本当の問題は少女がBLを読むことではなく、成人した後で実行してしまうことだったからです。「でも女は実行できないでしょ?」ではありません。言葉の暴力という方法で実行したからです。

もし男性があなたに向かって「俺は少年時代からポルノを読んできた。実行しないが俺の質問に答えろ」って言ったら?

「お前も漫画に描いてあるみたいに襲われたことがあるか? 小説に書いてあるようなプレイに興味あるか? お前は処女か? 初体験は何歳だった? 女はいつも求めてるというのは本当か? これは俺の表現の自由だ。知る権利だ。お前には答える義務がある」って言ったら?

「そんな義務あるわけないでしょ! 人権侵害よ!」って思いませんか?

「いや~~ん。困っちゃ~~う。どうしようかな~~」と言いながら、嬉しそうに体をクネクネさせますか?

ゲイたちは、そんな反応してくれる人々ではありません。

彼らも「セクハラされた」と感じて怒ったのです。だから「弱者の声を挙げ」たのに、無視されたから、もっと怒っているのです。今でも怒っているのです。

当方のBL論も、目的があります。ゲイに質問する必要がないことを示すことです。BLは遠い過去の男性文学の焼き直しであり、そこへ女性が自分の想像を加味しただけです。

吊橋理論でホモになることはありません。学校でホモにさせられたのではありません。女に負けたからホモになったのではありません。

そういう知識を共有していただくことが当方の目的です。もし、それでもまだ質問する人がいたら、いやがらせであることがハッキリします。


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