個人出展が主流になるよりも前の話をしているのです。

「もともと漫画同人会として、お互いの原稿に消しゴムかけてやったりしながら一冊の同人誌にまとめていた時代もあったんですよ」という話をしていたのです。

そしたら「みんな個人でやっていたの! 長電話しながら一人で書いていたんだよw」って、なんか怒ったり笑ったり忙しい人が来ちゃったのです。

だから、そういう形が主流になってしまう前は、ほんとうに同人会だったんですよという歴史の話をしているのです。

『COM』なき後を模索する「コミック」マーケットとして、全国の漫画同人会に招待状を発送することから始まったのですから、それが当然なのです。

その初代の志を踏襲して「まずは漫画を描きたいという人が数人集まって、実際にサークルを結成する」という手順を踏んでいた時代があったのです。1984年頃まで、多くの人がその経験をしたのです。CLAMPは今でもその形態を維持していますね。

当時のことを知らないなら黙っててくれていいです。なぜ、そんなに自分の話ばかりしたがるのですか?

他人の話を聞いた時点で「あれ? 私の認識のほうが間違っていたのかな」と謙虚に自分を疑うことができないのが、すでにおかしいのです。

それに「長電話しながら一人で書いていた」というのは漫画同人の言うことじゃないですね?

PCが普及する前に漫画を描いた経験のある人だったら、消しゴムかけとか、ベタ塗りとか、トーン貼りとか、お互いに手伝ってやったもんだという思い出話ができるはずなのです。

トーン一枚が高価でね。切れっぱしが静電気で洋服にくっついたりするのです。(遠い目)

つまり、漫画同人会の話に対して、「山も落ちもない」系の小説を個人出展していたタイプが首を突っ込んできちゃったという構図。

だから、1985年頃からそういう勘違いした人が増えちゃったから、様子が変わっちゃったんですよっていう話をしているのです、最初から。

しかも、様子が変わっちゃって今に至るという話ではないところが味噌です。その後、小説オンリー誌の時代が終わって、コミケといえば漫画という本来の形に戻ったからです。

やはり1990年頃まで小説誌が元気だったのは、背景に栗本薫ひきいる(といっても過言ではない)『JUNE』の影響と対抗意識の両方があって、刺激になったからだろうと思います。

その栗本に対して、恩人だからこそ陰口を言いたいという気持ちは、ちょうど母親の悪口を言う心と同じことですが、ほんとうに十代ならともかく、プラス30年では現在のフォロワーさんが離れて行く原因でしかないので、自分で気をつけましょう。


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