少女漫画家になりたければ、なればいいです。

Misha

副題:なぜ、少女漫画を利用しないのですか?

何年もかけて同じ話をしているので、めんどくさい奴だとお思いでしょうが、自分の言うことがブレてないとだけは信じております。

現代BLの流祖とされる二十四年組の初期作品は、他の漫画家が描いた少女漫画(少女を主人公にした漫画)とともに少女向け商業誌に連載され、それ自体にも少女キャラクターが登場しました。

だから読者が現在のようにBLしか読まない人とNLしか読まない人に分かれて喧嘩するということはありませんでした。

その後、BLは事実上の成人向けとなって、少女漫画と一緒には連載されなくなりましたが、それを選択することが女性の自由であるということは、まったくの自己責任であって、他の男女を差別する理由にはなりません。

逆に、他の男女の皆さんも、BLファンを差別しないでください。

お互いの節度によって、SNS炎上を防止することが可能です。ご理解・ご協力を賜りますれば、幸いに存じます。

【私の同人誌を売ってあげようか?】

当方の同人・BL論は、当初から炎上防止・トラブル軽減が目的です。あわせて、ベテランプロたちの40年前の努力が再評価され、差別がなくなることが願いです。

が、いきなりお説教じみたことを言うのもどうかと思いまして、最初から上記のようにハッキリ宣言しなかったもんですから、主旨を勘違いした人がいたようで「私の同人誌を売ってあげようか?」と言って来たのです。

そして、プロの話をするたびに「でも私の同人誌は売れていたんだよ!?」という対抗的自慢話が止まらなくなっちゃったのです。

どうか、自分の同人誌の宣伝は、自分のブログでやってください。直接話しかけてくれなくていいです。

けれども、しつこいので、最大の謎である「なぜ少女漫画を利用しないのですか?」って訊いてみました。ええ。

少年漫画を利用するから、本来の読者である男性とのトラブルになるのですから、女性向けだとか女性の自由だとか言うなら、他の女性の合意のもとに女性向け漫画を利用すればいいはずです。

「同人はフェミとは別。精神分析を押しつけられたくない」というなら、男性ホモソーシャルに対する皮肉という社会学的考察も、良妻賢母教育を押しつける母親に対する抵抗というフェミニズム批評も要らないということですよね。

だったら、なぜ少年漫画に描かれたホモソーシャルのホモセクシュアル化にこだわるのですか? 少女漫画を利用してもいいし、オリジナルでもいいはずですよね? ゲイ漫画キャラクターの組み合わせを変えたっていいはずです。

「少女向け商業誌の掲載作品に登場する少年キャラクターのBL展開を期待していた」というなら尚さらです。それをそのまま同人誌にして売り出せばいいはずです。

そしたら「もともと少女漫画家になりたかったからね」だそうです。しかも「栗本薫より私たちのほうが売れているといって笑っていた」そうです。

栗本薫って小説家ですよね?

なぜ、少女漫画家になりたい人が、小説家と自分を較べるんですか?

小説を書いていたからですね。

でも、少女漫画家になりたいなら、少女漫画を描いて出版社に投稿すればいいです。少女漫画を利用して「二次創作NL」を描いてもいいです。そういうのが好きという同級生を探して売ってやればいいです。

世界中で日本発の少女漫画がヒットして、映画化されたりしているのに、BL単行本がダブルミリオンをたたき出して一般書店ランキングもこれを無視できなくなったとか、そういうことは起きてないですよね。

大流行しているように見えても、BLファンのほうが少ないのです。だから本当に売りたいなら「二次創作NL」のほうがいいのです。ただし、致命的に原作と競合します。

だから「編集者が目を光らせていた」ということも起きるのです。

だからといって「少年漫画なら利用していい」ということにはならないはずです。なぜ、少年漫画の編集者は目を光らせないのですか?

【ジェンダー論でなければ何ですか?】

当方の質問の目的は「男性漫画家の権利を利用しているかぎり、女の子だから大目に見てもらえると思って甘えているのではないですか?」と確認することです。

そうじゃない、ジェンダー論ではないというなら、女性漫画家の権利も利用して「同人の自由を侵害するな」って言えばいいはずです。

「少女漫画家になりたいから少女漫画の先輩には遠慮した」というのに、少女漫画を投稿せず、少年漫画家にはなりたくないから少年漫画の先輩には遠慮しなかったというなら、同人はどっちの青田でもないので、出版社が嘘をついていることになります。もう誰も同人を弁護してやることはできなくなってしまいます。

第一、女流漫画家が「少年漫画」としてSFやスポーツ漫画を少年誌に連載することもあるのですから、それも「萌え~~」といって利用すればいいはずです。

そもそも、二十四年組作品(の一部)は、もともと美少年漫画であって、少女漫画(少女を主人公にした漫画)ではありません。

なぜ女流漫画家にだけ遠慮するのですか? ジェンダー論ではないなら、なんですか?

知らなきゃ「知らない」って言えばいいのです。口から出まかせでデマを流す同人OB(OG)の「私のほうが詳しいから証言してあげるよごっこ」なんて要らないのです。

素人が漫画家になりたいなら、オリジナルをコツコツ仕上げて投稿を続ける以外にありません。

二次創作小説を書く暇があったら漫画を描きましょう。漫画というのは、枠線があって、ふきだしがあって、小さな人物画がいっぱい描いてあるもののことです。あなたが書いていたものは何ですか?

【成り行きと競合性】

最も無理のない仮説は、漫画同人どうしの集まりであるコミケにおいて、二十四年組のパロディが流行していたところへ、アニメ映画のヒットが起きたので、それもネタにしたのです。

1983年頃までは、主要なジャンルがテレビオリジナルアニメでした。これを紙媒体の漫画同人がネタにしているかぎり「漫画家がライバル意識をもってアニメの流行を諷刺する」という対立の構図ですから、かえって申し開きが立つのです。

本来「表現の自由」というのは、弱者が強者に対して抵抗する自由のことですから。西崎義展と手塚治虫の間には著作権上の確執があったので尚さらです。手塚の子どもたちにしてみれば、アニメを笑いものにしてやる動機があったわけです。

そこへ小説を主体にしたBL専門誌が市販されるようになったので、小説としてのアニパロを書く人が現れて、これがコミケに持ち込まれたのです。それはストーリー漫画を描くよりも模倣が容易ですから、低年齢層に流行することになったのです。

さらに少年漫画を原作に持つアニメのヒットが起きたところ、アニパロの本義を知らない低年齢層が、それもネタにしてしまったので、漫画家自身の問題になったのです。予想外。

けれども、男性向け漫画本来の読者は「俺、BLに目覚めちまった。原作より面白ぇや」ってことがないですから、原作が売れなくなって同人誌ばかり売れるということにならないのです。

「編集者が目を光らせる」ということは、自社製品が売れなくなるという理由以外にあり得ません。編集者が動かないなら「その心配はない」ということです。

だからといって「やっていい」という意味にはなりません。

どうしてもその「二次創作BLを書きたい。書ける。我ながら面白いと思う」という、その感性は、その女性特有のものです。何々が読めないから仕方がなかったといって、無理して少年漫画の権利を侵害する必要はないのです。

漫画家になりたいならオリジナルを描けばいいのです。漫画の才能がなさそうだから小説にしたというなら、母親と喧嘩ばかりしている自分自身の日常をそのまま小説にして、芥川賞候補になればいいのです。

【NLとBLの流動性】

当方の質問の背景にあったのは、1980年代ではなく質問した時点(2010年代)で、弱者特権などといって女性の言動が露悪的になっており、ゲイコミュニティとの確執を生んでいたことです。

が、男の少女漫画家(和田慎二など)もいた……と申しますか、もともと少女漫画も男性が描くものだったことを考えると、読者のほうの問題です。

すなわち、少女漫画のBL化というのは少女漫画ファンを根こそぎさらって行く可能性があるという、女性読者におけるNLとBLの流動性への牽制と見るのがいいでしょう。

逆にいえば「BLファンは少女漫画を読まないわけではない」ということの証明です。

とくに少女漫画とBL系統が同じ雑誌で連載されていた時代には、この流動性が高かったので、危惧も大きかったのです。

もう一つの問題は、男性の原作ファンに対しては「女性の表現の自由」といって突っぱねることができるが、女性の原作ファンに対しては同じことが言えない点です。

「私たちも女だけどBL化は意味が分からないわ。失礼よ」というだけですから。

それに対して同人側が「少女漫画しか読めないなんて遅れてる~~。私たちのほうが負け犬よりマシwww」というので女同士の喧嘩が熾烈化するのです。

でも本当は、同人はそういうトラブルが起きないように少女漫画には手を出さないわけで、それだけ同人が慎重な証拠なのです。

だから読者に過ぎない人が「私たちのほうがなんとかよりマシ」とかいって、同人を自分の優越感の道具に利用することも、控えましょう。

【少女漫画家になりたかったからじゃなくて】

一旦まとめますと、男女を問わず、最初は確かに漫画同人のお遊びとして始まったパロディ同人誌に、小説が加わって、模倣しやすさから流行が加速し、漫画同人も「こっちが本家」とばかりに追いつき、その過程でさまざまな配慮が加えられて、これならまぁなんとかという境地に落ち着いたところで、今度はそれがピンポイントでバッシングされているというのが現状です。

ここで重要なのは、すべてを成り立たせるのが「二次創作を読みたい」という読者の存在です。同人が金目で同人誌を制作しようにも、買ってくれる人がいなければ話になりません。

だから「知ってる子の話だと思うと、2倍おもしろい」と思う人の、その感性そのものが禁止されないということが重要であり、必要です。だから同人自身が「私自身はキャラ愛などない」といって、関係ないような顔はできません。

むしろ同人が先頭に立って「二次創作が好きだという気持ちをバッシングしないでください」というのが筋です。(ほんとうに顔出ししなくていいですが)

もともと自分自身が「商業誌キャラクターに期待していた」というなら尚さらです。

「二次創作が好きだから、自分で書いてもおもしろいと思うし、その気持ちを共有できる仲間も大勢いるので、この業界で食っていけたらいいなと思ったから、禁止しないでください。差別しないでください」が正解です。

それを言えずに「本当はナントカだったのにやむを得ず」と言い訳する程度であれば、出てこなくていいです。

【中学生の浅慮】

BL専門誌『JUNE』が1978年に創刊された後、もう1980年頃には二次創作BLも成立していた(現在完了形)ので、それ以降に「こういうものがある」と教えられて、同人誌即売会に誘われて、何冊か買って読んで、自分も出展してみたくなったという子は、なぜその形なのか、考えもせずに模倣することができたのです。

もともとは二十四年組から始まったと多くの人が説明するのに、実際に書いているものは小説である(誰も本気で漫画家になろうとしていない)という「ねじれ」現象について、おかしいと思うことさえなかったのです。

その浅い意識のまま「山も落ちも意味もない」という言葉も真に受けてしまったから、ほんとうに手抜きしたので、すぐに売れなくなったのです。

真に受けずに努力した連中は、いまでも生き残っているし、一般向けオリジナルにシフトして、映画化されるほどの人気小説家になったりもしたのです。

その「自分の考えが浅かった」ということに、まず気づきましょう。その何ごとも表面的に理解する意識を、そのまま他の業種に持ち込んでしまうと、そこでもうまく行かないからです。

【これからの課題】

ここでひとつ、真顔で(いままでも真顔なんですが)申し上げることは、原作愛などないと言ってしまっては終わりです、ということです。

1985年頃から、少子化とゲームの台頭によって少年漫画本来の読者が激減したので、出版各社が女性読者の獲得に舵を切り、少年漫画といいながら、絵柄が女性好みの少女漫画のようであるという作品が増えました。

これは出版各社の生き残り戦術ですから、それが気に入らないという男性は、従来路線の少年漫画にカネを出してやることが基本です。実際には漫画単行本を購入せずにゲームばかりしているという人が漫画に文句いうのは筋違いです。

いっぽう、二次創作BLファンが「原作より同人誌のほうが刺激的だから面白いわ」と言ってしまえば、出版各社には競合の危惧が生じますから、同人誌を牽制するということになります。

また、一般的女性ファンが「二次創作BLファンによって笑いものにされることが不愉快なので原作者権限で同人を取り締まってほしい」といえば、原作者・出版社サイドとしては無視できません。

はばかりながら、当方は、ここまで勘案した上で、当初から「原作愛が基本です」と申し上げているものです。分かってくれない人がいると困るのです。けれども今さら個人攻撃しなくていいです。

そんなことで炎上するよりも、いままで分かっていなかった全ての人にご理解いただけるように、説明しておきますから、参考になさってください。

なお「こいつの言うことを信じるな」というご意見も、ご自分のブログに挙げて頂ければ結構でございます。悪しからずご協力のほどお願い申し上げます。


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Posted byMisha