1955年1月、成瀬巳喜男『浮雲』東宝

敗戦だもの。変わらないのがどうかしてるさ。

原作:林芙美子 脚色:水木洋子 撮影:玉井正夫 美術:中古智 録音:下永尚 照明:石井長四郎 音楽:斉藤一郎 監督助手:岡本喜八

焼け跡。露店。赤いリンゴに唇寄せて、カストリは酔いやすい安酒。花も嵐も踏みこえて、結婚制度に縛られない自由恋愛のススメ。


…………かなぁ…………。


映画として投入された技術の意識高さと物語のギャップが、もはやカルト・ムービーの域じゃないかと思うんですけれども。

まごうかたなくメロドラマで、ようするにこれだけのことで映画になるんですねってところもある意味すごいわけですが、原作・脚本・監督と三拍子そろっちゃったようで、ひと筋縄ではありません。

食糧統制が終わって間もない頃ですから、当時の婦人観客が敗戦以来の十年間を思い返しながら、被害者意識を重ねて観ると、紅涙を誘ったのかもしれません。いやもちろんそのつもりで企画・撮影されてるんですけれども。

『二十四の瞳』を乗り越えてきた高峰秀子には、ここでも主演女優賞あげねばならないと思います。(実際に受賞しています) 以下、参考映画年表。

木下『破れ太鼓』松竹京都(1949年)
黒澤『羅生門』大映京都(1950年)
木下『善魔』松竹大船(1951年2月)・黒澤『白痴』松竹大船(同5月)・溝口『武蔵野夫人』東宝(同9月)
小津『お茶漬の味』松竹大船(1952年10月)・木下『カルメン純情す』松竹大船(同11月)
溝口『雨月物語』大映京都(1953年3月)・木下『日本の悲劇』松竹大船(同6月)
木下『二十四の瞳』松竹大船(1954年9月)・本多猪四郎『ゴジラ』東宝(同11月)
木下『遠い雲』松竹大船(1955年8月)

森雅之が退廃的な美男だったのがよく分かります。『善魔』と『武蔵野夫人』の間に『白痴』がはさまってるのがすごいです。(役者の技量的な意味で)

『ゴジラ』が入ってるのは菅井きんが「婦人代議士」を誇張的に演じていたのが参考になるからです。誇張じゃなかったかもしれない。

なお、小津が『東京物語』(1953年11月)の成功以来の沈黙を破って『早春』を公開したのはこの翌年1月でした。

当時の男女が結婚制度を窮屈に感じていたのは明らかで、溝口得意の芸妓ものが成り立つのも女性の自活の難しさが前提ですが、いやでも……うーん。

現代女性が観るには、ホラーよりも覚悟が要るかもしれませんが、撮影当時としては女の意地と申しますか、プライド表現だったのだろうとは思われます。

撮影の手間からいっても、物語の徹底ぶりからいっても『めし』『山の音』と較べるまでもなく、圧巻にはちがいありません。

なお、ロケ地は丁寧に下見されたこととは思いますが、まだこの当時は古民家の周囲に現代的な要素が映り込んでしまうことがなかったので、風情ある家屋・庭木の背景に空があって、画面に美しい抜け感を与えているとともに、広い世界の片隅でうごめく人間の卑小さというメロドラマの重要な要素を表しているかと思います。


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