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山も落ちも意味もないとは?

二次創作BL同人が「山も落ちも意味もない」といって自虐したのは、ほんとうに手抜きしていいという意味ではないのです。

「何もないが、パロディとしての面白みはある。しかし権利者に見つかったら取り上げられてしまうから、これって許可を取ってあるんですか~~? とか野暮なことを抜かす素人は入ってくるな。まちがってもテレビ局や警察にうたうんじゃねぇぞ」的な裏業界ジョークだったのです。

「な~~んちゃって♪」と言いつつ、かなりマジだったのです。

なぜなら1983年以前のジャンルはテレビオリジナル。原作漫画家が気を利かしてくれるから大丈夫などというデマが発生する余地さえなかったからです。

それは、1978年頃に、テレビオリジナルの劇場化(の続篇)であるSFアニメ映画が史上空前の大ヒットしたことをきっかけに、ひとりBL化のみにとどまらず、あらゆる方法でパロディが試みられたことの一環だったのです。

そこから「BL化」という発想が一人歩きして、再生産・量産体制が自発的に生じて、それがアニメ関連だというので若い子の眼を引いて、1980年代に入ると、ほんとうに若い子自身が出展する側になってしまった。

義務教育なかばの中学生の分際で、おねえさん達の真似をして、自分で書いて、恐れ気もなく印刷所に持ち込んで、コミケ参加を申し込んで、実利を得てしまった。

だから創作の修行をしておらず、画力も低いのに「これでいいんだ」と思って自分を甘やかしてしまうということが起きてしまったのです。

印刷技法が従来より手間の少ないオフセットになっており、貿易黒字時代で子どものお小遣いも豊富でした。さらにウーマンリブがフェミニズムとなって先鋭化し、中学生に至るまで「もう男に遠慮するな」を掛け声にしてしまった。

もともと共学時代の女子は、たいして男性に遠慮もしていなかったのですが、同人界では「著作権者に遠慮するな」という意味になってしまったのです。同時に「男の師匠の言うことを聞いて真面目に修行する必要はない」という意味でもあったのです。

「そ、そうじゃないのよ…」と思ったのは当時のベテラン同人とプロですが、第二次ベビーブーマーの怒涛の勢いは止まらなかったのです…


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