同人は母親がトラウマになっているというのは、こじつけです。

コミケに二次創作BLを出展する女性は母親がトラウマになっているというのは、1990年代に、フェミニスト(女性の権利のために政治活動する人々。おもに成人女性)が、当時のコミケに参加していた未成年者を弁護するために考えたこじつけです。

「ああいう子は、そういうわけで、可哀想だから、仕方なかったんです」といって情状酌量を求めたわけで、そのほかにも道があったはずだと検討することが最初からキャンセルされているのです。

でも、もし若い女性が本心から「早く厳しい母親から独立したい」と思ったなら、教員や看護師や簿記の資格を取って、経済的に自立すればいいわけです。戦後の女性は「遊女や芸妓になる以外に生きて行く方法がない」ということはないのです。

絵を描いたり、お話を考えたりする才能を活かしたいとしても、女性を主人公にして、彼女が簡単には他人のお嫁さんにならずに、自立した教員になって、自分で産んだ子ではなく、恵まれない子どもたちのために学校を設立したとか、そういうお話を描いたっていいわけです。

油彩画や切り絵の勉強をして児童向け絵本を制作したっていいわけです。仔猫の成長を描いた四コマ漫画だっていいわけです。それをコミケに出展してはいけないとも決まっていません。すべての同人は平等です。

だから「母親のせいで他人の著作権を利用する他なかった」という言い訳は成り立ちません。それが他人の起こした事件のせいで売れなくなったという言い訳も成り立ちません。

すべての出展者は、イベントが終了した当日に撤退するのです。自宅に帰り着いて、次も出展するかどうか考える時が分かれ道です。そのときに「今回、売れ残りが出たから、つまんないので、もうやーめた」と思ったなら、自己判断・自己責任です。

もし「二次創作」というものが、原作を無視して勝手な思いつきばかり書いていたものなら、キャラクターの名前だけ変えれば、オリジナル作品としてインターネットで部分公開し「続きはこちら」といってダウンロード販売することも可能です。

日本で最初にホームページが作られたのは1995年。Windows98によって世界的にインターネットが普及し始めたのは1998年。まだダイヤルアップ接続で「買い物カゴ」も設置されていない時代だったとしても、販売専用メールアドレスを公開したり、郵便局の私書箱を利用するなどの方法で、ほぼ安全に取引することは可能でした。

ほんとうに売りたいなら、そういう工夫をすればよかったのです。いまからでも出来ます。そもそも「二次創作BLしか書けない」ということもないわけです。

「男性が苦手。性的な話題が苦手」という人は、過激な二次創作BLを書かずに、心理描写重視のオリジナルほのぼのBLを書いたり、少女だけが登場するお話を書いたりすればいいのです。

成り立たない弁護を利用して「母親がトラウマになっているから、ああするしかなかった、こうせざるを得なかった」と言い訳する人がいたら、あなたの眉に唾をつけましょう。本当につけなくていいですが、眉唾とは「疑ってみる」という意味です。

ここの管理人は、黒バス犯の意見陳述を見た時に「これは…」と思いました。

個人の犯罪も、子ども同士のイジメも、なんでも母親に責任転嫁するというのは、コミケの件に限らず、一時期に流行した考え方です。それをいまさら持ち出して、やっちまった後で言い訳する者が、まだいたのです。

いまの若い人々は「おかんメール」を共有するくらいで、基本的に実家のママンが好きです。また20世紀に流行したものに対して、本能的な反感があります。

自分を守るために、中高年から「なんだ知らないのか。ダメだなぁ~~」とか言われることに対して、反感を持つのです。

だから、逆に中高年が若い人の同情を得ようと思って、当たり前のように「母親がトラウマになっているから仕方なかったのよ。分かるでしょ?」という態度だと、すごく冷たい目で本質を見切られてしまいます。

もう通用しないと思いましょう。


関連記事