スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

独身者に向かって可哀想と言わないでください。

副題:終わった同人が「独身は可哀想」といわれて、壊れていく。

同人の世界で挫折した後、一般企業に入ったら、同人の世界とは違って既婚者が多いので、話が合わないからゲイと連帯するといって、結局ゲイの世界でも問題を起こしたという女性を目の当たりにしてしまったわけでございまして、端的な解決方法といたしましては、周囲の人々が本人を面罵しなければいいのです。

したがいまして、当方から一般社会の皆様にお願いいたしますのは、独身者に向かって「独身は可哀想」と言わないでください。人間誰しも、あなたの優越感の道具に利用されるために生きているのではありません。

けれども、これだけでは済まないのです。

なぜなら、本人が努力して同人界に留まっていれば「いまの職場で独身は可哀想と言われたからゲイと弱者の連帯できる」などとほざくこともなかったので、自分だけ連帯できたつもりで若者に粘着した挙句に衆人環視の中で怒鳴りつけるということも起きなかったからです。

「心配してやった」というのは、見くだした言い方です。

でも本人が同人の世界で努力していれば、他コミュニティの若い人が侮辱されることはなかったのです。

努力せずに、逃げた者が、若い人に依存して、自分の思い通りにならないからといって、傷つけたのです。

それは本質的に黒バス犯やアキバ犯とおなじ発想です。自分を甘やかす者です。それを母親のせいだ、心の病気だというなら、先に治せばいいです。何のセラピーか知りませんが、マスターを名乗る資格はありません。

自分が可哀想と言われたくないなら、若い人も心配してやったなどと言われたくないことが分かりそうなものです。ようするに自分を抑圧したという母親と同じことをしているのです。

したがいまして、一般社会の皆様に再び申し上げますのは、独身者に向かって可哀想と言わないでください。「可哀想だから可哀想と言わないでやってね」という温情ごっこではありません。

本人がイジメられたといって自分を憐れみ、他人に責任転嫁するということがなくなれば、言動の責任を取らせることができるようになるからです。すなわち、不祥事案件の抑止が期待できるからです。それが本当に社会の厳しさを教えるということです。

つまり、わずかな優越感に浸りたい自称強者と、それに対する自称弱者の劣等コンプレックスという共依存から抜け出せばいいのです。

関連記事
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。