その独身は、自己責任です。

Misha

SNSで複数のアカウントに対して、見当違いな怒りをもって怒鳴り込んでいる者が、現実社会ではたいへん思慮深く謙虚であるとは、やっぱりちょっと思われませんね。

もともと孤立しているから、SNS依存症になっているのです。

早とちりに基づく先制攻撃が多いところを見ると、痴漢事件の捏造みたいなものですから、現実でも身に覚えのないことで非難されて憤然とした被害者が大勢いるのでしょう。

現実の会話では、職場の休憩時間が終わってしまったり、ほかの人もいるので話題が変わってしまったりして、なかなか「ここがこうおかしい」と説明することができないものです。

だから本人が反省する機会も生まれません。

また「売れなくなったんだからね!」という言いっぱなしの言い方からして、本人が対面式の会話ではなく、他人同士の会話に横から口を出して、すぐにその場を離れるというヒット・エンド・ラン式を好んでいるとも言えるでしょう。

女性にはありがちなパターンで、男性の会話に聞き耳を立てて、急に「失礼しちゃうわ!」とか怒鳴るのです。で、相手の言い分を聞かずに女同士で「あっち行こ」とか「こんな店もう来ない」とかいって、さも他人のせいのような顔をして逃げるのです。(ドラマのネタにでもしてください)

それやってるかぎり、異性との出会いはありませんし、異性の思考を理解する機会もありませんから、良きサポート役にはなれませんし、逆に使いこなすということもできませんので、本人が「男性が苦手」と思い込むのです。

【父親不在】

わりと重要なことは、母親のトラウマとはいっても、父親のトラウマとは言わないことです。

父親の存在感が稀薄な家庭で、母親または姉妹と女同士の毒舌合戦を楽しんでいた者は、頭の回転は鍛えられるのですが、それが他の場面では通用しないことが分からないのです。とくに男性がその「乗り」について行けない(ちょっと黙っててくれないかなと思っている)ことに気づかない。

母親または姉妹が男性に批判的だった場合は尚更です。

ようするに「にぶい」のですが、本人は頭の回転がよくてセンス良いつもりですから、自分を「にぶい女だ」とは思わないのです。

テレビを見ながら母親や姉妹とともに女優のドレスなどの品定めをして悪口ばかり言っていたから、センスは良いつもりなのです。

そのまま創作物の趣味が近いおともだちを見つけて、お誘い合わせの上コミケに行けば、また似たような人とばかり群れて「あいつらより私たちのほうがマシ」という低レベルな優越感に浸るわけです。

そのまま男性と交際しても会話が噛み合わないから「男の人は黙って性的なことばかり考えているから怖い」と、自分の中で勝手に理屈をつけてしまうのです。

それを単純にひっくり返すと「ゲイなら女性に対して性的なことを考えないから話が合うわ」と思っちゃうのです。

【武士の世の女たち】

明治維新というのは、ようするに外様大名の家中にいたサムライが徳川家を排除したという武士政権の移譲劇でした。勤皇・佐幕といって対立しましたが、べつに徳川幕府が赤かったわけではなく、朝廷からの使者をもてなすことが一大事だったからこそ、淺野さんちの大騒動も起きたのです。

じつは、おなじ日の御旗の下で、京都より東の武士が辞めて、西の武士が政権を取っただけです。

つまり、男性による暴力支配の美化である「武士の世」を温存したまま急激に近代化して、1868年から1945年まで77年。

その後も復員者たちが軍隊経験を活かして強力な企業戦士組織を築き上げ、死んだ奴らのことを思えばと黙々と働いて、1980年代に対米貿易黒字を達成するまで40年。

約120年間に渡って、男たちは家庭をあけて「いざ鎌倉」という状態だったのです。

その陰で、女たちは欧米流ウーマンリブとフェミニズムという一種の宗教に染まっていたわけですが、じつは本朝は女性の皇祖神を仰ぐとおりで、古代の女性中心主義をも温存して来たのです。

よほど上流の人をのぞいて、女性は「各家庭の中でさえも後宮に閉じ込められていた」というわけではなくて、もともとわりと自由だったのです。それが人権意識を得たら、もう気分的には無敵だったわけで、そのツケが、今ごろになって本人に廻ってきたなら、これは自覚するしかないのです。そこから対策も生まれます。


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Posted byMisha