メロドラマは、女性解放の象徴。

本朝は、1945年8月15日正午まで、兵隊(と銃後の守り)を増やす必要があったので、婦人のお国に対する最大のご奉公は子どもを産むことで、中絶は禁止されていました。

玉音放送が終了すると、サンフランシスコ平和条約が発効するまでは、占領軍の支配下に入って、映画も検閲を受けました。

その期間中は、戦時中のように軍隊を賛美する作品はもちろん、いまさら「武士の世」を称賛するような時代劇も撮影・公開することができませんでした。

同時に、婦人の社会進出を進めて、相対的に男性の発言力を弱め、非軍国化を進めることが喫緊の課題となりました。

だもんだから、この時期の映画は、女性が嫁に行きたがらないとか、嫁に行ったくせに独立したがるとか、妻帯者と不倫するとか、夫帯者のくせに昔の男が忘れられないとか、気に入らない男の嫁になるより街娼に身を落としても好きな男と添い遂げる夢を追うなど、戦時中にはあり得なかった女性映画が次々と制作・公開されたのです。

それを後の時代の人が見ると「おとなの男と女の話ばかりでいやらしい。不潔よっ」とか「ようするに旧弊な結婚制度に縛られた女性の悲劇なんて男の自己満足よっ」というふうに見えるんですけれども、当時としては画期的な新思想の表現であり、婦人の自由化の象徴だったのです。

で、これに対する反動が1960年代の男性映画で、任侠とか博徒とかヤクザとか剣豪とか刺客とか忍者とかギャングとか番長とか網走方面とか小伝馬町方面とか、物騒なことばっかりやっていたわけですが、これにはテレビの普及と映画産業の斜陽化が影響していました。女の人が自宅でテレビドラマを観るようになったので、映画館に来るのは仕事帰りか大学をサボった男性ばかりになったのです。(よい学生さんは真似しないでね)

またそこだけ見ると「男性中心社会が女性を女郎として抑圧している映画ばかりで不愉快だわっ」というふうに見えるんですが、すでにこの時点で男性社会は押され気味になっていたからこそ、反動的映画を制作して、古きよき夢を共有したのです。

最後に来たのが1970年代における美少年ものや同性愛もののビッグバン的解放だったわけで、専門誌『薔薇族』の創刊もこの時期ですね。(意外に新しいのです)

そして三島は「よろめきの作家って言われ続けることがいやだったんだろうなぁ」と思う今日この頃。



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