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同人に関する偏見を解消しようとしたら、偏見のかたまりな人がクレームしに来たのです。

もともと同人という言葉は、明治時代から、短歌や俳句や小説の同好会に所属する人々が使っていた言葉です。(ご維新以前のことは省略します)

彼(女)らの多くが旧制高校・女学校時代から表現活動を始めました。それは人生と芸道の先輩が書いたものを参考にしつつ、それに逆らって、新しい表現を求める挑戦の連続でした。

けれども、1980年代に、漫画および文芸同人の一部に強い偏見が生じたので、現代の若い人々が「もっと自由に描きたい」と言って、泣いているのです。

だから、ここのブログの中の人は「偏見が発生する前は、二次創作もBLも今より自由でした」というお話をしています。最初はSNSでつぶやきました。タイムラインで若い人々の嘆きの声(複数形)を見かけたから、そのまま自分も発言したのです。

すると「あ~ら、あなた田舎に住んでるから何も知らないのね。都会の同人誌即売会で同人やっていた私が本当のことを教えてあげるわ。同人誌ってゆぅのは、エロを書いて個人的に出展すれば、すぐ売れるのよw 一般参加者が求めているのはエロだけよw」

要約すると、こういうメンションが来ちゃったのです。いや、だから~~。そういう偏見がバブル時代に確立したから、いまの若い人々が泣かされてるんですってば。

その偏見を言っちゃった人は、当然ながら、いまの若い人々から嘆きと抗議の声が挙がっていることを知らないわけですよね。自分もSNSにアクセスしているのに、せっかくインターネットが使えるのに、最新情報を得ようとしていない。なのに「私のほうが詳しいわ」という顔をして、飛び出して来たのです。

そういう人は、おそらく現実でも早とちりで自信過剰なので、付き合いにくい人だから、あまり友達いないので、SNS依存症になっていて、見知らぬ相手に対して個人的に絡んで行くのです。そして、そのことに自分で気づいていないのです。

だから、ここでは、その経験を一般化して「皆さん、自分自身を疑いましょう」というお話をしています。

いまの若い人々は、国際社会で負けないために、ディベートや小論文の授業を受けるようになっています。だから論理的な思考が身についています。さらに「ゆとり」世代は、だてにゆとって来たわけではなく、詰め込み教育でがんじがらめになっていないので、発想が斬新で、問題の本質を見抜く目を持っています。

けれども、詰め込み主義の時代に教育を受けた中年は、自分でブラッシュアップを心がけていないと、本当に「あの頃」に覚えたことを、そのまま繰り返す人になってしまいます。

どうか、母親の育て方のせいにせずに、自分で気をつけてください。

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