MISHA'S CASKET

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まず、あなたが冷静な読者であってください。

総論
ここの同人・BL論は、あまりにも分かってない中年がいたので、次世代に向けて「そもそも同人とは」というところから説明し直すという目的をもって始めたものです。

だから、他のサイトには書いてないことが書いてあります。偏見を持っている人・勘違いしたまま議論を進めている人々のほうが威張っているので、それに対して「あえて異を唱える」ということをしているからです。

「どっちが本当なの?」と思った時は、判断を保留しましょう。「どっち!? どっち!? これってヤバくない!?」とかいって騒がなくていいです。まず、あなたが冷静な読者であってください。

答えを出さなくても、二次創作というものを読んで楽しむことはできるし、てきとーに真似して書くこともできます。他コミュニティ・著作権者に迷惑かけないこともできます。

「世の中には確実なことなんて何もないんだ!」という中二病気分になってしまって、あなたが自分の人生を投げてしまう必要もないです。

とくに、入学試験・資格試験・法律などを勉強する際は「とりあえず現時点ではこういうことに決まっている」ということを確実に暗記する必要があります。運転免許を取りたい人も多いことと思いますが、交通ルールは確実に覚えないと自分が事故の原因になってしまいます。

「なぜアメリカでは左ハンドルで、日本では右ハンドルなんだろう?」という疑問をもって、自分で歴史の本を調べたりすることもできますが、それとは別に、現時点で右ハンドルに合わせたルールを覚える必要があります。

そういうのと同じことで、疑う心丸暗記する心を両方、持ちましょう。二足わらじを履きましょう。

人間の心は狭くありません。二足ではなく三足でも四足でも履くことができます。二次創作を楽しみつつ、原作アニメの主題歌を聴きつつ、勉強することもできます。(同時にやらないほうがいいです。日時を使い分けましょう)

もともと、ここの人が「二次創作やBLというものについて、少し言っておいたほうがいいな」と思ったのも、混同が発生していると思ったからです。

けっこう多くの人が、二次創作であることとBLであることを混同して「女が描いたから大目に見てもらえる」と思い込んでいるのです。

でも「女のプロが小学館漫画賞を受賞したから、私が二次創作してもいいじゃん」ということにはなりません。

プロがパロディを描く時は「ヤマト」ではなく「ムサシ」とか、「3年B組」ではなく「3年Y組」とか、わざと間違えたようにするものです。

そういう配慮をしていない作品が著作権者の判断に基づいて告訴・起訴された場合に、被告が「私の心はまだ少女だから」といっても通用しないのです。傍聴席から「本気で大目に見てもらえると思っていたのかよw」と笑いものにされてしまうだけでしょう。

だから「学者たちは少女のことばかり議論していますが、1980年代の同人は1990年代には成人しました」などの注意喚起をしています。

それに対して「でも私がBLに目覚めた(二次創作同人活動を始めた)のは1980年代の少女時代だよ!」と、怒って言って来る人は、本気で大目に見てもらえると思っているのです。

そういう甘い心があるから、ゲイコミュニティにも迷惑かけるし、非親告罪化という話も理解できないのです。

もともと同人というのは、パロディを駆使する連中ですから、物事を斜めに見ることが得意で、頭の回転がいいものなんですが、自分で自分を甘やかしたい心があると、判断がにぶるのです。

まずいことに、自分が歳を取ってしまったと思えば思うほど、若く見られたい気持ちが強まりますから、そういう人は、これから増える恐れがあります。

わざと「負け犬よりマシ」とかいって、世間様を挑発しておいて「でもBLが好きな女の子は大目に見てもらえるじゃないですか~~w」って言いたがるのです。

本当に若い人は「うわぁ…」と思ってください。いま、そこで「そういう恥ずかしい大人にはならない」と決めてください。

そういうわけですから、学者やマスメディアや新宿二丁目方面の皆さんも、面白半分に「やおい」とか「腐女子」という隠語・流行語を使用しないほうがいいのです。プロとアマチュア、オリジナルと二次創作、著作権問題と性的指向(嗜好)の問題を、混同しないほうがいいのです。

議論に際しては、議題と用語の定義を確認しましょう。当事者は誰なのか、年齢が問題なのか、性別が問題なのか、法律で認められた権利が問題なのか、海外からの介入に対して国民が一丸となることが必要なのか、国内差別の問題なのか???

まず、落ち着いてください。まず、あなたが冷静な読者であってください。多様化とは混同して話をごまかすことではなく、一線を引いて平和共存することです。個人を尊重するということは、他人に責任転嫁しないということです。多様化するとは孤独に耐えるということです。

ここの人は「若いから頭が悪い」とか「若いから行儀が悪い」とか思いません。冷戦体制崩壊後の多様化の時代に成長し、ディベートや小論文の授業も受けて来た世代の論理的判断力に期待します。

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