「肝臓のアルコール分解能力は遺伝で決まっている。それで男らしさを測るのはくだらん」

竹宮恵子『風と木の詩』(1976-1984年)序盤、名脇役パスカルの名台詞。ちょっと手元にないので逐語的引用ではないことを御承知おきください。

とまれ、戦前の男子校に通う生徒の中でも成績優秀として周囲から一目おかれる者が、これをサラリと言っちゃうわけです。

それはやっぱり、当時26歳の独身だった女流による、男性らしさのイメージに自分を合わせることに至上の価値を置く成人男性中心の社会機構に対する挑戦であったと言えるでしょう。

本稿の主旨:二十四年組作品評。社会学風味。短めです。ヘルスケア系記事ではありませんが、一般論として、飲酒量には自分で注意しましょう。新歓コンパの時期ですが、先輩各位は、くれぐれもアルハラを自粛してください。



二十四年組とも呼ばれる女流漫画家の一群が、1970年代に競うように発表した男子校物語は、いずれも男子生徒の数年間に渡る成長を描く教養小説の体裁を持っていました。表現形式が実際に小説(文章)だったのではなく、漫画だったのです。

それは、弱冠二十代、しかも文科の大学生活を経験していない女性がドイツ文学(に準じる近代日本文学)を正しく読みこなしたことを示しています。そして、それを実写映画に準じる複雑な構図を持った画によって再構成するという高い表現力を備えていた。ならびに、映画とは違う漫画独特の「コマ割り」という技法を使いこなした。

個々の人物についても、頭身バランスが正しく、アニメーションに準拠して、四肢の動きを躍動的に描くことができていた。

それは手塚治虫に私淑し、石ノ森章太郎の薫陶を受けて、その高い創作意識と技術を正しく受け継いだことの証左です。その誇りをもって男子を描きながら、男性中心の社会機構を痛罵したのです。その意気や良しと認めたから、小学館は漫画賞をさずけたのです。

三島に読ませてみたかったですね。

市ヶ谷台でひと騒動あった1970年11月は、日本において第一回ウーマンリブ大会が開催された月でもありました。それは、あまりに鮮烈なターニングポイントだったのです。

その後の女流の躍進を目の当たりにして、手塚は歯噛みして悔しがっていたことでしょう。(それがあの人のいいところ)

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