「育児を支援してほしい」と言えばいいのであって、他をけなす必要はないのです。|LGBTの生産性

論理性だけで勝負すべき議員たる者、論点をすり替えてしまってはいけません。


以下「日本に差別などない」と言ってしまうシス・ストレート女性の心理を勝手に解説してみる企画。

読者各位におかれましては、特定の議員に電凸とかしなくていいですから、ひとのふり見て我がふり直しましょう。異論反論は、SNS上で興奮してご自分のフォロワーさんの信用を失ってしまうことを防ぐため、推敲に一週間くらい掛けた上で、ご自分のブログに記事として挙げることを推奨いたします。



「日本に差別などない」と言ってしまう人は、3つのタイプに分かれます。ただし「パターン1であればパターン2ではあり得ない」という排他的選択ではなく、3つが連関しています。

パターン1:本当に何も知らない。


海外から伝えられるような大規模なデモや、その衝突、武力による大弾圧といったニュースがほとんどないので「日本は差別のない良い国だ」と本気で思っている。

特に若い女性の場合、自分自身が「女だからといって進学を断念させられ、強制的に見合い結婚させられた」ということが本当に少なくなったので「日本は差別のない良い国だ」と本気で思っている。

LGBTについては「ああゆう人って最近よくテレビに出て来るし、個性的なオシャレをして、勝手な毒舌を言って、楽しそうに生きてるんだから自由なんでしょ」と思い込んでいる。

パターン2:日本のイメージが好きすぎる。


「美しい国、日本」という自己肯定イメージを強調するあまり、「日本に差別などない!」と言いたがる。

だから、旧軍を賛美したり、自衛隊の活躍を応援したりして、愛国心を表明する一方で、国内差別してしまうことになるのです。

この心理は、申すまでもなく海外への対抗意識に裏打ちされていますが、じつは「個人としての自信のなさ」という残念なバックボーンも持っています。

そして、その自信のなさは、女性の被害者意識という第三のパターンにつながって行きます。

パターン3:「私のほうが可哀想」という主張。


「ゲイは男のダブルインカムで余裕があるからいいじゃないですか。私たち女性は育児と家事と職業の両立どころか、ひとの3倍働いているのに生活が成り立たないんですよ!? 女性のほうが弱者ですよ! ゲイのほうが遠慮すべき!」

わりと古くから根強いフェミニズム意識ですね。これは、結局のところ「育児を支援してほしい」という要望に行き着きます。端的には「保育園を増やしてほしい」ということですし、学童保育を拡充してほしいということですし、夫の協力や家事の外注に関する意識改革を進めてほしいということです。

だったら、それを言えばいいのです。「LGBTなんかにカネを使うよりも、こっちに回してほしい」と言いたいのであれば、最初から後半だけ言えばいいのです。

事実として、国にも地方自治体にも「先立つもの」がないので、いわゆる「パイの奪い合い」になってしまうわけですが、ゲイをディスったからといって、女性の取り分が増えるわけではありません。

自分の子育てを(妻に一任することによって)済ませてしまった世代の政治家たちは、LGBTに配慮しなくていいなら、そのぶんの予算で何をするかというと、外貨獲得を優先して「カジノを建てよう」と考えるからです。

いま、何ができるのか。


2017年に、政府与党のオッサンたちが突然LGBTの気持ちが分かるようになったわけではなくて、オリンピック開催を控えた国の戦略として「支援と言っておいたほうがいい」と判断したわけです。

このへんの機微は、LGBTのほうがドライに捉えていることでしょう。

生産性を云々することは、優生保護という発想に基づく障がい者差別の話題にも通じて行くことですし、若い成人の過半数を占める独身者の反感をも買うことでしょう。それは、広く支持を集めるべき戦後民主主義の政治家として、やっぱり下策と言わねばなりますまい。

この問題、厄介なのは、LGBTを無視しているわけではない点です。戦前以来の政治家のように、LGBTの存在自体が想定外というのではなく、存在を認めた上で「育児する女性とLGBTのどちらを選ぶのか」という政策決定上の問題を突きつけたのです。

その背景に見えるのは、言うまでもなく、本当に苛酷な育児状況です。

個人を叩いて終わりでは進歩がありません。まして面白がって終わりでは不毛です。この件の建設的な解決とは何なのか、借金だらけのこの国で何ができるのか、もとより一朝一夕に答えが出る問題ではありませんが、LGBTの皆様とご一緒に考えて行けたらいいと思っております。



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