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LGBTは、独身主義の仲間ではありません。

LGBTというのは、結婚したくて人権運動している人々です。彼(女)らもまた「何十年も連れ添った相手がいる人なら信用できる」と思われたいのです。

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冠婚葬祭の場で、医療の場で、なんらかの契約の場で「配偶者の方ならご一緒にお通り頂いて、重要な話を聞いてください」と、尊敬をもって遇されたいのです。

そして配偶者控除と血縁者に優先する遺産相続の権利を得て、愛する人との共同生活を法的な意味で保障され、ともに白髪の生えるまで、おなじお墓に入るまで、安心して暮らしたいのです。

その切なる願いを叶えてあげることは、我々マジョリティ社会の尊厳を傷つけることにはなりません。ここの管理人は、本気でそう信じています。

だからこそ「認めてやった代償に面白い話を聞かせろ」といって付きまとうべきではないとも信じております。

LGBTと独身主義は別


LGBTが新婚旅行に行くという時、あるいはフルムーン旅行に行くという時、独身シス・ストレートがついて行くことはできません。「見てるだけでいいw」と言って他人の寝室に入り込むことはできません。彼(女)らは漫画キャラクターではありません。

独身主義の人に言えることは「私自身は一生独身で、何の控除も受けられず、誰の遺産も相続することができず、生命保険金を受け取ることもなく、無償の介護を受けることもありませんが、LGBTの結婚を祝福します!」だけです。

これを言いたくないというシス・ストレートなど、同性愛者にしてみれば「弱者の連帯」する意味がないです。

「弱者の連帯」というのは、1990年代に流行した発想ですが、ゲイとレズビアンが「同性婚したい人つながり」で連帯するのと、独身だからLGBTと連帯できるというのでは、意味が違います。残念ながら後者は差別意識に基づいています。

なぜなら「同性愛者は一生結婚できないから独身主義者の仲間だ」と決めつけているのは、まさにその独身主義者自身だからです。

世の中には、したり顔に「どうして同性愛が差別されなきゃならないの?」と問う独身者もいます。自分は同性愛者の味方のつもりです。けれども、彼(女)らが差別されなくなるということは、彼(女)らが結婚するということです。

すでに結婚相手を見つけてある人々にとって、相手が見つからないとか、他人と同居するのがめんどくさいとかいう人々のことは「意味が分からない」というだけです。LGBTもまた「リア充」なのです。

おなじ「リア充」の中でも、同性愛カップルなら「ぼっち」に共感してくれるに決まってるという思い込みは、おかしくないですか?

世の中には「職場や同窓会で『独身は可哀想』なんて言われたくないから、LGBTと弱者の連帯する」と言い張る人もいます。けれども、すでに結婚相手を見つけてあるLGBTから「モテないの?」と言われない保障などないです。

「彼らなら私に優しくしてくれる。彼らなら私に気を使ってくれる。彼らなら私に遠慮してくれる」という思い込みは、おかしくないですか?

実際のところ、LGBTの世界だって、イケてる人とイケてない人、モテる人とモテない人の待遇の違いや差別意識が存在するのです。それによる陰口の言い合いや、殴り合いの喧嘩だってあり得るのです。

シス・ストレート女性がモテるゲイを見て、シス・ストレート男性がモテるレズビアンを見て「カッコいいなぁ」と思うのは、相手をほめたことになりますし、自分としてもハイテンションになれるかもしれませんが、ふと我に返って「それに引き換え自分は…」と考えた時、どんよりしない保障などないのです。

あくまで、テレビやオンラインニュースで見かける画像として、あるいはレディガガなどのスーパースターとして、遠い存在として眺めるから「ああいう人ってカッコいいなぁ。お友達になりたいなぁ」と思っていられるのであって、実際に面と向かった時、自分が自尊心を保てるとは限りません。

だから、実際に新宿二丁目に行ってみて、自分が誰にも相手にされないことに気づいて、悔しまぎれに「どうせあんた達なんか」とか「笑える~」とか失礼なことを言ってしまう自称マイノリティというのは結構いるのです。だから、そうならないように注意しましょうという話です。

生産性をめぐるシス・ストレートの本音とゲイの本音


上記のことは、シス・ストレートのほうでは言われないと分からないのです。

なぜなら、本人が「LGBTなら生産性が低い仲間だから、私が職場や同窓会で、子どもの話で盛り上がっている人々の横でつまらない思いをしていることを分かってくれる」と期待してしまっているからです。

その背景には、誰よりもその人自身が「子どものいない結婚など無意味。同性婚などあり得ない。絶対に認められるわけがない」と思っているという、本音の差別意識があります。

繰り返しますが、ゲイも既婚者になりたいのです。「何十年も連れ添った相手のいる人なら信用が置ける」と思ってもらいたいのです。

逆に言えば「どうせ夜遊びが好きすぎて、変態行為の快感が病みつきになってホモになった連中だから、毎晩のように遊ぶ相手をとっかえひっかえしているに違いない」などと思われたくないのです。不潔とか、不誠実とか、公序良俗に反するとか思われたくないのです。

だから、男の同性愛者は、わざわざゲイバーまで来て性的な質問する女が嫌いです。

「私は独身主義だから、男女の話題には感情移入できないが、男同士のいやらしい話なら面白おかしく聞くことができる(から聞かせてほしい)」というのは、まったくもってその女性自身の都合であって、彼らの都合ではないのです。

せめてこのくらいまでは見切ってからでないと、人権集会で赤っ恥かきます。

(恥かいたとも気づかないレベルの人だから集会に参加しちゃうところが最大の問題)


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