「あれじゃメロドラマ」と、日本のゲイは言った。

映画『ブロークバック・マウンテン』は、北米では高く評価され、長らく「ゲイが選ぶ映画ナンバー・ワン」の地位を保ったそうなんですが、本邦ではゲイマンガの第一人者・田亀源五郎が「あれじゃメロドラマ」と一蹴しました。

何がいけないのかと考えるに、あれは申すまでもなく、二人の妻帯者が秘密の関係を保ちながら悲劇の結末を迎える物語ですが、少なくとも映画としては「だから、どうしたいのか」が示されていないのです。

これも原作が発表されてから映画化までに時日を要した作品で、ここのブログ管理人は映画が話題になってから文庫で翻訳を読んだくちですが「古いな」と思いました。いわゆるその、同性愛を「禁断の愛」として捉える視点から離れていないのです。

一見すると「禁断の愛を貫くことこそ真実の愛」という逆転の意味付けのようですが、作中世界において周囲がそれを祝福するという描写がなされない以上、現実世界をも変えて行く契機にはならないのです。

主人公は「俺はクィアじゃない」って言います。カウボーイの生活を捨てて、都会に行って、チャラチャラと女装した連中の仲間になるのはいやだというのです。

でも、実際のゲイリブ運動は急成長していました。1982年の時点で、現実の日本において、アメリカでは同性愛者がロビー団体として一定の勢力を得ていることが報告されました。ブルックス・ブラザーズのスーツを着こなす保険調査員の活躍を描く「ブランドステッター・シリーズ」が翻訳出版されたのは1983年のことでした。

田亀はその1980年代から漫画家活動を開始した人で、仲間の「女装のテレビタレントの同類だと思われたくない」という発言に対して「まず自分が男らしい姿でカミングアウトして、一般社会の偏見を変えて行けばいい」って言っちゃう人です。

一方、カウボーイの世界は縮小しました。

してみると、主人公は、ふた昔前に自分の中に確立した「イメージ」の世界に生きているのです。最後はトレーラーハウスで引きこもり。読後の感想は「だからなんなんだ」ですよね?

「報われない愛に生きる男の姿に感動した。泣けた」というのは、シス・ストレート女性の発想です。そんなふうに一途な男性に自分もめぐり逢いたいという気持ちがあるからです。

でも、ゲイにしてみりゃ「この結末を当然のこととして受け入れろと言うのか(ふざけんな)」です。これが本当に「男を愛する男の心が分かる」ってことです。

現実の同性指向の当事者としては「このような悲しみが繰り返された結果、我々は今のような運動をするようになったのである」というところに話をつなげて行きたいわけで、その点が不備なら「あれじゃ女衆が紅涙を絞ることが自己目的なだけで、当方としては不愉快である」という結論になるのです。

映画『ヴェロニカ・グェリン』では、主人公に起きたことの一部始終が描かれた後に、その後の市民運動がどうなったかが描出されました。映画『砂の器』では字幕が表示されました。

映画的カタルシスとしては、その手前で終わってるので、そのようなエピローグは完成度を損なうようですけれども、観客の心に「結局こういうことになっちゃうなら最初から諦めたほうがいいよ」という結論を生まないためには、やっぱり「ただし書き」が必要なのです。

で『ブロークバック・マウンテン』の原作では、主人公たちとは違うカップルに何が起きたのかが描写されているので「このような悲劇を繰り返してはならない」という作者のメッセージが込められていると見ることができます。

ただし、それを映像化してしまうと、観客の意識が「その人たちはどこでどう知り合ったのだろう」という具合に逸れて行ってしまう可能性がありますね。また主人公たちに起きた悲劇についても映像化しなかったことを考えると、現実の暴力の再生産につながりやすい場面をカットして、あえて男女4人の心理描写を重視したメロドラマとしての仕立てを選択し、それが成功したと言えそうです。

それを歓迎した北米ゲイコミュニティは「ついに我々のためのソープオペラが公開される時代になった」といって喜ぶことができるほど、すでに成熟していたということだったのかもしれません。

逆に考えれば、日本におけるLGBT運動は、まさに世界的ヒット作を「あれじゃメロドラマ」といって忌憚なく批判する人が現れた、そこから急成長したのでした。


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