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池田悦子・あしべゆうほ『悪魔の花嫁』を再び論じてみる企画。

1975年から『月刊プリンセス』(秋田書店)で連載されていた女流漫画作品。数十年の中断を経て、数年前に新刊が商業出版されたんだけど、メインキャラクターたちの身の上に変化がなかったので、年来の読者が戸惑った名作にして迷作。

女子高生・美奈子のもとに、クールビューティーな青年の姿をした悪魔が現れて「お前は私の花嫁になる宿命」と宣告するところから始まるので、分類としては少女漫画。きれいなストーカーは、好きですか。

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でも、物語の要諦は、各回のゲストキャラクターである女性が嫉妬や猜疑心によって自滅する姿を描くオムニバス。

だから、実質は「実録・嫁姑バトル」とか「恐怖・OLの生態」などのレディースコミックの走りだったんだけれども、それを連載誌の想定読者である女子中高生に読ませる目的は「みんなもこういうふうに友達を裏切ったり、男をだましたりして、図々しく生きて行こうねw」と呼びかけることでは、もちろんないです。

そういう女性が必ず悲惨な結末を迎えることによって「やっぱり純粋な心で真面目に生きて行くのがいいよ」という教訓の意味を持たせていたから、ギリギリで少女漫画として公開できていたのです。(過去形)

ただし、重要なのは、そういう女性たちの姿を傍観する美男キャラクターが常に存在したこと。すなわち悪魔(デイモスと読みます)の眼を通じて、読者もゲストキャラクターたちの醜態を見るわけです。となると、これが作者の視点でもあります。

デイモスは、女たちに「俺の言うことを聞いて、こういうことをしろ」と悪知恵を授けるのではないです。あくまで女性自身が悪魔を呼び出して「こういうふうにしてちょうだい」と願いを伝える。デイモスは「本当にいいのか」と念を押す。女性が「いいわ」と答える。企画立案も実行も女性自身の責任なのです。その結果、自業自得という結果になってしまう。女の浅知恵。ひとを呪わば穴ふたつ。(=自分も墓穴に落ちるという意味)

それは、ウーマンリブ全盛の1970年代にあって、ちょっとひねりの入った女性解放意識。原作者である池田悦子による内部批判であり、告発でした。

それを若い読者が読んで快哉したのであれば、女同士のジェネレーション・ギャップを示していたのです。おとなの女性に対する女子中高生の反感と優越感。あの人たちより私たちのほうがマシという裏返しの自尊心。

でも、それから30年経って、自分自身がおとなの女性になってしまった読者は、もう「女の浅知恵」と言われて喜んではいられないのです。

「そんな私でもいいよと言ってくれる男性にめぐり会いたい。あるいは、差し出がましいことを言わずに『きみの心が俺に向いてくれるのを待っていた』という、傷ついた船が帰る港のような人と静かに暮らしたい」という思いが日増しに強まるから「デイモスと美奈子とヴィーナスの三角関係の決着を見たかった」となるのです。

ただし、デイモスと美奈子が突然ハッピーエンドを迎えて、めでたしめでたしというわけには行かない。いままでのダークな雰囲気ぶち壊しです。素人のご都合主義の二次創作みたいです。ヴィーナスとしても収まらない。

ヴィーナスとは、本来キプロス島で生まれたアプロディーテーであって、ローマ神話とギリシャ神話(とキリスト教)が混ざっちゃってるわけですが、海の女神が本気で怒ったら、どんな恐ろしいことになるか。

男性の映画監督に任せれば、終盤20分間くらいは特撮(今ならCG)を駆使したスペクタクルになるんでしょうけれども、そうは行かないところに池田悦子の意外な女性性が示されていると言えるでしょう。すなわち、ダメならダメなりに日常を繰り返したい安定志向であって、決着がつくことを望まないのです。

もともと「このようにして裏切りと恐怖の神が生まれた」という縁起譚としては序盤で終了してるわけで、後はカタルシスがないままに日常が続くのです。

同じ1970年代に公開された男性映画には、女権拡張に対して「男のプライドを取り戻す」という要素があって、日常的な公序良俗意識からいうと派手すぎることをやっちまった男がヒーローとして作中世界で称賛され、観客にとっては皮肉の面白みを持つということがありました。

でも、これは女流作品なので、デイモスに花を持たせてやるという結論にならないのです。

彼が、はっきりと「美奈子を守る」といって、ヴィーナスと戦えば、スッキリという女性読者も大勢いるのかもしれませんが、でもそのやっぱり妹とは戦いたくないし、あいつも可哀想な奴だし…という彼のグダグダっぷりこそ、1970年代以来、原作者の女心を慰め、読者(の一部)の女心を鷲づかみにしているのです。

哀しく美しく優しすぎる悪魔は、好きですか。


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