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BLが誕生して、40年以上が経過しました。

BLというと、若い人の文化だと思われがちですが、現代BLの流祖とされる「二十四年組」が、その種の作品を商業誌上で発表したのは、1970年代のことです。

作例を挙げれば、萩尾望都『ポーの一族』(1972年)、竹宮恵子『風と木の詩』(1976年)です。

この2作は映画『ベニスに死す』(1971年)の影響下にあることが明らかで、しかも、それを茶化したパロディではなく、すでにプロ作家として自己を確立していた人々によるオリジナル作品でした。

彼女たちは、まだ二十代の若手だったのに、制作に当たって最大限の努力を傾注し、きちんと時代考証し、連載開始の時点から最終回までを見通した遠大な構成をもって、社会批判意識と人生への洞察力を表現したのです。そのことが正しく評価されて、この2作は小学館漫画賞を受賞しました。

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1976年から1978年にかけて、彼女たちと年齢の近い複数の女流漫画家によって、同趣向の作品が続々と発表されました。1978年には専門誌も創刊されました。さらにこの間に、基本的には男性向けであるSFアニメ映画が大ヒットして、これに基づいたパロディ作品が、いわゆる同人の世界で流行を始めました。

1978年に16歳の少女だった人は、40年後の2018年現在において、56歳です。先立つ『ポーの一族』発表年に16歳だった人は、もちろん、もっと年上です。

1980年代には、商業誌・同人誌とも、エピゴーネン作家が急増し、これによって「目覚めた」と称する読者も急増しました。一例として、1978年から10年後の1988年の時点で16歳だった人は、今年で46歳です。

1994年末には、商業誌『週刊少年ジャンプ』の「1995年3・4号」と銘打たれた刊が、発行部数653万部(集英社の公称による)という大記録を樹立しました。

少年向け商業誌とBLの関係について、ここでは詳述しませんが、1994年に16歳の誕生日を迎えたという人は、1978年生まれですから、今年で40歳です。これが現実です。

ですから、BLまたは同人誌または少年漫画に対する嗜好を表明する女性(と思しきアカウント)が、暴力的な中学生のような口調でツイートしていたら「この人、実際には何歳なんだろう…」と考えてみましょう。

「女性を年齢で判断するな! 男性中心社会の横暴だ! 断固抗議する!」と本人が言うようであれば、フェミ確定です。

念のため、当方は戦後民主主義を否定するものではございません。日本の女性がパソコンやモバイルを所有し、ブログやSNSアカウントを開設して意見表明し、国政をも批判できるというほどの自由は、日本の敗戦をきっかけに連合国によって保障されたというのが歴史的事実です。

ただし、それは日本が再び軍事国家にならないための抑止力になることが期待されたのであって、国内において若い男性を傷つけることを目的にしているのではありません。

特に、中年女性が実在LGBT青少年に付きまとい、言葉の暴力を浴びせるという現象には反対です。

二十四年組は、1970年代の少女たちに、実際のLGBTを差別する女性に成長してほしかったのではないです。少なくとも、ここの管理人はそう信じております。


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