【紅葉は冬の到来を告げているのだろうと思います。~サブカルの田舎くささとは】


「秋たけなわ、紅葉シーズン」なんてテレビの言い方を真に受けてしまいがちですが、銀杏の葉が黄色くなると、もう冬です。畑は霜柱で真っ白です。銀杏のかたわらでは柚子が鈴なりで、鍋料理の美味しい季節です。

秋というのは、旧盆の頃、風が少し涼しくなって、夜になると虫が鳴き、妙に明るいと思ったら夜空が澄んで月がきれいだったという頃をいうのだろうと思います。

扇の風も生ぬるい空気をかきまわすだけだったのに、その熱がふと懐かしいように感じられる。海辺で一緒に過ごしたあの人どうしているからしら。その後、たよりもくれないけれど……

やっぱりこの感じが「飽き」であり、「秋」なのだろうと思います。松風も融も、この季節の情感を謡っているのだろうと思います。昔の人は正確でした。


【田舎くささとは。】

地元住民の努力によって守られた渓谷の紅葉を見て、「だせーー!」と叫ぶ人は少ないだろうと思います。

ときには心ない観光客や産廃業者が景観を損なうこともありますが、無礼な廃棄物は地元住民の手によって取り除かれ、地元住民が納めた税金によって処理されます。

地方人が歯を食いしばって努力するとき、真の都会人はそれを笑いません。

真の都会人もまた、都会と呼ばれる自治体に何代も前から住んで、自宅の前を清掃し、氏子神社と伝統の祭礼を守る人々だからです。

「ださい」とは、石田純一の言を信用すれば、「田舎」をわざと「たしゃ」と音読みして転訛させた若者言葉だそうです。それを言った人が誰かと考えると、おそらく都会の大学生です。

でも、それぞれの地方の誇りが守られているときは、「田舎い」とは言わないのです。では、言われるのは誰か。

都会へ出てきて日が浅く、都会に長く住んでいる人から見て服装や言動が「仲間」とは感じられない人です。それは、新参者に与えられるイニシエーションの厳しさであり、ルール違反に対する懲罰のようなものです。


【伝統の断絶が事故を生むのです。】

入会儀式が厳しいのは、新参者が先輩の言うことを素直に聞く人でないと、コミュニティに入れてやった後で先輩たちが苦労させられるから、それを確かめるためです。

だから、バンジージャンプをやらせるところもあれば、大酒を飲ませるところもあります。

バンジージャンプや、火渡りのような儀式は、そのやり方を知っている兄貴たちがいなくなった時代に若手だけで真似すると、ひじょうに危険です。

日本は学制自体が明治以来なので、日が浅いです。中世から存在する西欧の大学の足元にも及びません。その学生たちが動員をかけられた時代があったので、入寮儀式の伝統も途切れたか、まちがって伝わった可能性があると思います。

飲ませすぎによる事故は、「昔の学生は大酒を飲んで騒いだ」という伝説を模倣しているだけで、実体験を活かして加減を見計らい、「そこまで」と声を掛ける先輩が失われたことによるのではないかと思われます。

寮歌、その巻頭言などというのも、じつは戦後になって流行ったというものがあるのです。

もしかしたら「僕らそんなことしなかった」と思っていた大先輩が、いらしたかもしれません。


【そして同人。】

日本に限らず、若者のサブカルというのは、要するに「おのぼりさん文化」です。

ラジオ、映画、テレビ、ネットによって中央から発信・拡散された情報をもとに、見よう見真似で真似をして、腕試しのつもりで上京し、都会暮らしの先輩から「だせーー」という評価を喰らうわけです。

典型例のひとつが「俺は村中で一番モボだと呼ばれた男」でしょう。

それは、本物の金融街で働く男の着こなしを知りません。上流社交界におけるマナーを知りません。都会から興行に来た奇術師かなにかの服装を見て「男のくせに赤いものを身に付けるのが都会人だ」と思い込んだものです。

自作エロ本をかついで、あるいはそれを求めて、数ヶ月に一回上京し、銀座の高級クラブではなく新興ベイエリア地区に集まって、真の都会人には通用しない内輪ウケのブラックジョークを言ったり、先輩作家の陰口を言ったりすることは、都会的ではありません。

まして、駅構内を走り回ったり、有名人の墓に興奮して落書きしたりすることは、そこを生活の場・祖霊として大切にする真の都会人の反感を高めるだけです。


【放出品に憧れた戦後の若者たち。】

日本に限った話ではなく、アメリカには映画『乱暴者』『理由なき反抗』に描かれたようなオートバイ集団がいたようですし、イギリスには「モッズ」がいました。

あれは、大戦中にはまだ子供だったか、存在しなかったので、出征していない若者が、後になって放出された軍用品に憧れ、身につけたものです。出征して苦労してきた人々から見れば「あほか」と言うべきものだったろうと思います。

『宇宙戦艦ヤマト』は、1974年に放映されましたが、1945年の敗戦から29年目です。

22歳で復員した人は、1974年には51歳で、社会の中核を担っています。オイルショック下で苦労している真っ最中です。彼らから見て、茶髪のビートルズのような若者が、外人のような金髪女を連れて、菊紋を戴くべき戦艦に乗り込む姿は「ふざけるな」と言うべきものだったでしょう。本気で怒った人もいたかもしれません。

そんなアニメを「日本男児の誇り」のように勘違いして、もてはやしたのが、同人の先祖です。まだ健在です。


【真の地方人と、真の都会人と、臨海イベント。】

新しいメディアというのは、つねに庶民の武器であり、若者の自己表現です。

アニメが若者(の少なくとも一部)に受け入れられたのは、それが実写に比べて「新しい」と感じられたからでしょう。描いている物語は、要するに勧善懲悪で、白黒時代の時代劇や西部劇映画から変わっていません。

でも、その表現方法が「カラフルなイラスト(の連続撮影)である」という一点において「現代的で、若者らしい」と感じられたのです。

アニメに必要なのは、紙ではなく「セル」であり、発色のよいアクリル絵の具であり、そのカラフルさを伝える雑誌の印刷技術の向上であり、つまり最先端の化学技術の結晶のように見えたのです。

その化学技術が公害を生んでいた傍らで、仇花のように咲いたアニメをもてはやすのは、最初から「微妙」なものを含んでいます。

アニメ同人とは、アニメを元にした漫画や小説を書いて、まずは謄写版に挑戦し、次にオフセット印刷に目をつけ、それをカラー化し、さらにPC化(ネット化)したという、次々に新しい技術に「ついて行った」人々です。

中央が発信する情報と最先端技術に群がるおのぼりさん文化を「だせーー」と評価したい人は、おそらく真の都会人の仲間です。

情報と技術とその仇花であるアニメに憧れすぎて都会へ行ってしまう若者を「汗水たらして」と説得したい人は、真の地方人の仲間です。

新しいメディアを弾圧すれば、宗教戦争に似てきます。共存の道は「一定の版図を認め合う」ことになるのでしょう。




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