【自虐する人は、他虐する人です。~二次創作の未来。】


「どうせお前も同じじゃん」と、他人を巻き込みたがる人です。

「一緒に悪いことをしようよ」と、他人に甘えたがる人です。

自虐とは、自分を虐待することです。

虐待は、次世代をになう若い人の健やかな成長のために、気づいた大人からやめていくのがいいです。


【四十代の大学進学率は低いのです。】

いまの四十代が大学に現役合格する年齢だった頃の進学率は低いのです。しかも非婚率も低いのです。

背景となる出生数が多かったから、大学が定員一杯に採用しても「率」が下がるのですが、大卒のほうが給料が良いものなら、いまの四十代は「大卒ほど給料が良くないのに結婚し、懸命に子育てしている」人が大勢いることになります。

子供たちの進学率は50パーセントに達しようとしています。多くの四十代が、今まさに大学生・高校生である子供たちの学費を捻出するために、懸命に働いているでしょう。

彼らに向かって「お前らの子供を同人誌に夢中のニートにしてやろうか」とは申せません。

が、ロリショタが非婚者であれば、その作品をもてはやし、追随者となって、お金を落としてくれる若者は、自分たちの中からは再生産されない道理です。よそ様のお子様を「ころばせる」他ありません。大学進学を機に上京した若者を引きずり込む他ありません。

昔の大人は、アニメそのもの・同人の存在そのものを知りませんでした。1980年代を共に過ごした今の四十代は、オタクという存在を知っています。

四十過ぎても親の金でフィギュア代金を着払いさせるという話は、一般新聞の人生相談にも載っています。

それを読む同級生は、スマホを使いこなし、ネットへアクセスする人々でもあります。

彼らが同人活動を見る目は、かつてなく厳しくなっていると思えば良いでしょう。

せめても「同人活動は適度な娯楽です」「本業と両立させています」とでも言っていく必要があるでしょう。


【二次創作をうまくやるとは。】

原作者が「二次創作はうまくやってくれ」という真意はなんでしょうか。

「ぜったいに見つからないでくれ」です。

たとえば時代劇の悪代官が悪徳商人に禁制品を横流しして「うまくやれよ」と言えば、「ツイッターで宣伝しろ」という意味ではありません。

歌謡曲の歌詞改変・TPP・クールジャパンと話題が続いて「著作権」および「コンテンツ産業」というものへの国民の関心が急速に高まったところで黒バス事件が起きたので……

原作者・出版社・テレビ局などへ「同人誌って何だ。お前らが許可したのか」という質問・苦情の電話などが入っていることが予想されます。

昔は実家の親へ向かって「どうせ説明しても分からないんだから黙ってて」ということができました。

今どきの中高年は、PC検索を使いこなします。かつて政府を相手にバリケードを築いた世代は、今や企業窓口を見つけ出して電話を掛けることを引退後の生きがいにしているそうです。新聞で読みました。

インサイダー取引の話題以来、一部だけが得をしているという話を許す世の中ではないことがはっきりしました。成人式から逮捕者が出て以来、若者が騒ぐことを温かい目で見守ってくれる社会ではないことがはっきりしました。

ツイッターを一斉メールと勘違いして「遊び」のつもりで冷蔵ケースへ入った写真を流す人は、損害賠償請求を受けます。差別発言をした人は解雇されます。

この時代の変化について行けず、二次創作は金目だの遊びだのと一般に不謹慎と思われやすいことを言ってしまう人は、先輩でも仲間でもありません。「昔、自分はうまくやった」と自慢したいだけの人です。

おっさんが「俺の若い頃には毎晩ちがう女をナンパしてやったもんだ」と自慢したがるようなものです。


【昭和が終わっていきます。】

残侠も、仁義なき極道も、鬼籍に移りました。

アニメも漫画も二次創作さえも、次代に引き継がねばなりません。

ファンアートには、確かに新人育成意義があるからです。国民の理解と共感を得ねばなりません。

なぜ国民なのでしょうか。なぜ昔はそんなことを言わなくても良かったのでしょうか。同人誌即売会が宣伝も中継もされない完全な密室だったからです。


【若い人々の反感。】

中年同人が即売会において「いつまでやってるんですか?」と言われた時は、創作意欲がどうこうではなく、「早く席を空けてください」と言われています。

参加資格が抽選制では、国会と同じで、年長者ががんばっていると若手が当選する確率が下がるからです。

若い人は、クレヴァーです。常識人に戻ろうとしています。来年の成人式でも逮捕者が出るとは限りません。春には入学間もない大学生が歓迎コンパで泥酔死などという事態を防がなければなりません。

若い人は、同級生が100万ちょっとしかいません。その人数で、自分たちに倍する中年を、いずれは支えていくことを期待されています。『進撃の巨人』序盤で表現されたのは「僕らは腹の出た中年に食われてしまう」という、若い人の危機感です。


【社会の危機感。】

「金のためなら、もっと悪いこともやるんだろう」と言われたとき、「しませんってば。今まさに社会のルールを守って暮らしてるじゃないですか。こんな善良な僕らに向かって失礼な」と言い返しても説得力がないのが、二次創作者です。

現行の著作権法がある以上、同じロリショタでも「鬼門」と言えるのが二次創作です。


【複製とオリジナルのバランス。】

二次創作者とは、低学歴者ではありません。

読み書きの得意な人々ですから、ある程度の高学歴者です。日本人は世界でも例外的に識字率が高いので、自分のことを「いやいや学校へ行っているだけの落ちこぼれ」だと思っており、エリートであるという意識が低いのですが、世の中、大学や予備校や進学校へ行きたくても行けない人は大勢います。

大学全入時代といわれながら、実際には全入していません。現役進学率が50パーセントにせまる勢いとは、逆に言えば60パーセントくらいの人が大学へ行きたくても行けないのです。

数少ないエリートに受け継がれた「課題提出をコピーで済ませる」という精神性を克服し、アップル社のような独創的な作品(商品)を生み出す精神性を育てていく必要があります。

それは、何もないところからは生まれません。

本物の発明者は、百年に一人の天才です。自動車も、コンピューターも、既製品の改良を重ねて、ここまで来ました。歌手の卵は既成の曲を練習して喉を鍛え、評価を受けます。二次創作も「そこから新しいものが生まれるはずだ」という意味を与えていく必要があります。

同人誌即売会は、即売会ですから、何かを売っているのは明白です。金のためとは、わざわざ言う必要がありません。

売ったものの「意味」が重要なのです。

「お客様の笑顔が見たいから」「伝統の技と誇りで」「心を込めてお届けいたします」

さまざまな業者が言うとおりです。


【そしてこれから。】

ここんとこ企業・自治体がもてはやす美少女・美青年・赤い猫は、慣れない大人の眼から見ると「アニメの絵」ですが、漫画を原作にしたテレビ番組の登場人物ではなく、ビデオゲームの登場人物であるところがミソです。

少年漫画誌は、女性に人気のあった連載を終了させ、巨乳少女を表紙に掲げるようになりました。

もともと少年誌が女性客を取り込むことにしたのは、本来の購読者である男児が1975年以来の顕著な少子化によって減ったことと、それさえもゲームに奪われたからです。「ねェマンガ買って~~」と親に言うのは、1975年にすでに11歳だった野比のび太だけです。

ファミリーコンピュータの発売は1983年。有名なサッカー漫画のアニメ版放映年と一致します。よそのお兄さんの活躍をぼんやり眺めるより自分が戦ったほうが面白いに決まっています。お兄さんの活躍を喜んで眺めてくれたのは、お姉さんでした。

今や男性読者が美少女を求めて少女漫画誌を購読する現象が顕著となれば、少年誌が少女化する道理です。やがて女性が読むに耐えない雑誌となっていくでしょう。

二次創作がなくなっても即売会がつぶれることはありません。オリジナル作者を「神」と呼び、新しいブームを起こせば良いです。スポンサーがつけば、アニメ化やグッズ展開も可能でしょう。

ネットで時々行われている「企画」と呼ぶ競作体制を、読みきり単行本レーベル化して通販すれば、大手出版社と契約しなくても済みます。

漫画の個人ビジネス化と言った人がいますが、すでに音楽の世界では定番化しているように思われます。

地方自治体のマスコットキャラクターがフリー宣言してしまったので、従来の有名キャラクターは苦戦している模様です。盛んなコラボは苦肉の策と思われます。

「まずアニメありき」にしたければ、出版社の一社提供により、人気漫画家にキャラクターデザインさせたアニメを、アニメプロデューサーが二次創作フリー宣言するというのが一つの手かなァなどと思っています。


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