同人の世代交代が、やおいの語義を変えたのだと思います。


「DJ」なんて言葉は、昔は聞かなかったのに、「専門業界ではそういうふうに呼ぶんだ」ってことがテレビなどを通じて伝わると、一般の人も使うようになるものです。

やおいという言葉は、女性作家みずからプロデビューに際して「恐れ入りますが、わたくしのことは耽美ではなく『やおい作家』と呼んでくださいませ」っていうことは無かっただろうと思います。

その言葉がプロ作品を掲載する雑誌上や、単行本の帯に「期待のやおいデビュー!」などと踊ることはありませんでした。

アマチュアが「みなさま、今日もやおいの研鑽に励みましょう」とか「わたし達、ずっと良いやおい仲間でいましょうね♪」ってこともなかったと思います。

それは、女性が男色を描くこと一般を示す言葉ではありませんでした。耽美はもう古いので、やおいのほうがオシャレってことではありませんでした。

それは、最初から最後まで、コミュニティの誇りを示す言葉ではありませんでした。じつは、コミュニティ内部で使われる言葉ではありませんでした。

では、アマチュア作家には誇りがなかったのか。いいえ。

二次的といえども、テレビ番組への深い愛情と尊敬をこめて、丁寧に制作した作品・自費出版誌が存在しました。ワープロが普及していなかった時代は、清書も手書きでした。細かな字で丹念に書いたのです。彼女たちに、その創作カテゴリをあえて尋ねれば「……やっぱり、お耽美かしら」って答えただろうと思います。

自分を「どうせ山も落ちもない」とは思っていなかった人々がいたのです。

じゃ、その言葉はなんだったのか。

本当に外部へ向けて、「こんなのは山も落ちもないんだから真に受けちゃダメよ。こんなものに夢中になってないで、早くおうちへ帰りなさい」という場面で使われたものじゃなかったでしょうか。

1976年発表『風と木の詩』を高校生で読んだ人は、1979年には18歳以上の成人に達しています。アニメのパロディ自体は、'76年よりも前から始まっていた節があります。

成人が性的な要素を含むパロディ作品を発表しているのを、年下の人に発見されたら、最初の反応はどのようなものでしょうか。

「ちょ、ちょっとやめて。見ないで」じゃないでしょうか。

まして「こういうの書いてもいいんですか!?」なんて改めて訊かれた時には?

プロ漫画家サークル『らぶり』が「親愛なるアマチュアの皆様、今日から『やおい』を合言葉に、アニメを茶化してやりましょう。著作権が何さ!」と言ったわけはありません。その言葉に特殊な意味をもたせて、勝手に使い始めたのは同人でした。

同人は「足を洗う」などと言いました。長く続けている年長者ほど、そうでした。元々はまじめな大学生だったくせに(だったからこそ)、ちょっと悪ぶるのが面白かったのです。

そこから考えると、若い新参者に対して「いいのよ、どうせこんなもの」って言い方をすることは、ありそうなのです。

それを真に受けて「ああ、こういうのはやおいっていうんだ。私も書いてみよう」と思ったのは、若い新参者でした。

5年も経つ間には、13歳だった人が18歳に達し、成人雑誌を手に入れて、意欲的に性描写を深めていくことが可能になります。

その間には、1976年の高校生が20代後半に達し、仕事の責任が重くなったか、結婚したかして、少しずつ「足を洗って」いったでしょう。

1985年頃までに、山なし落ちなしという言葉の本来の意味がずれて伝わってしまったという、世代交代劇があったんじゃないかと思います。

それは、勘違いと、短絡と、模倣の繰り返しでした。

そして、それを真に受けて「少女たちが自虐してまで男色を描こうとしている。どんな心の闇があるのか」と考えた大人たちは、とんだ茶番に巻き込まれたんじゃなかったでしょうか。


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