【1951年、松竹『鞍馬天狗 角兵衛獅子』】


花咲かば。告げんといひし山里の。使いは来たり、馬に鞍。

最初から最後までカッコいいです。アクションシーンの連続です。「日本の古い映画なんて」と思うなら、外国映画だと思えばいいです。風俗があまりにも違うので、いまの日本人と同じとは思えません。異国情緒のつもりで楽しめばいいです。

セットが豪華で、クレーン撮影もマット画も見事なもので、ミュージカル映画としての聞かせどころもあり、編集も惜しみなく、日本映画のレベル高さに感動しきりです。

オープニング音楽がまたカッコいいです。わくわく。クレジット終わると飴屋さんが「春風駘蕩、春長けて」と名調子を聞かせます。(※見直したところ冒頭ナレーションは飴屋さんの台詞じゃないので訂正してお詫びします。)

『七つの顔』でタンゴが歌われたことにも通じるのですが、戦前に楽しんでいた娯楽がそのまま戻ってきた喜びに溢れていると思います。

俳優の顔には影が落ちないことを意識した前時代性が維持されているとは思いますが、背景も衣装もたいへんリアルです。黒澤がきらったという歌舞伎要素はあるけれども、それを克服しようという意気軒昂さと、フィクションとしての清らかさが均衡を保っていると思います。

嵐寛寿郎の眼が美しいです。日本のヒーローは戦前から細面の優男ですね。口元が小さく、上品です。剣戟シーンにおける「足の裏」の使い方が見どころです。刃が円を描くこと、左右を踏みかえる足さばきの美しさにも舞踊の基礎が利いているのだろうと思います。「花咲かば」の謡いぶりの見事さも実演と信じたいです。

映画俳優になった人は、伝統の世界に嫌気がさして飛び出したという人が多いんですが、でもやっぱり基礎は大事だろうと思います。現代の俳優さんも、入門をおすすめいたします。

美空ひばりは凛々しい顔立ちで、前髪立ちの男装がよく似合います。男装の少女という役ではなく、最初から少年として演技しています。探偵物語における小林少年の役を女の子が演じているわけで、新時代らしいところです。

同世代の少女観客にも驚きと夢を与えたことと思いますが、歌いっぷりと芝居っけが大人びており、女性らしさが出ているので「おじさん、待って」なんて場面は妙な雰囲気にならないでもありません。(もちろん嵐寛は受け付けません。)

山田五十鈴の色気は、ただごとではないです。化粧が(当時の)現代ふうです。髪型も斬新です。女優が歌舞伎の女形の模倣から抜け出し、華麗に羽化した姿なのでしょう。

かたや角兵衛獅子の親分夫人は、古い芝居を体現しています。もちろんそれとして上手いです。生身の女性が、女性性を誇張した歌舞伎の女形の「型」を手本にしているので、過度に女性的になるのです。

型といえば、天狗さんちの下働き(隠密)である町人の芝居と、武士である天狗の役作りは明らかに違うわけで、この対比は『支那の夜』でも見られました。愛川欣也演じる「かもめのジョナサン」まで続いていくのでしょう。

壬生浪士は悪役ですが、近藤局長がじつにハマリ役です。本当に拳骨が口に入りそうです。土方さんの白い羽織がまぶしいです。

思いきりよく見届け役を削ぎ落とし、厳粛な一対一としたクライマックスは、構図も所作も最高です。緊張感にささくれ立つ神経を表すような高音と、刻むように動悸を表す低音が絡んだBGMが素晴らしいです。

大上段に構えて打ち込めない近藤。正眼に構えて恐れを隠さない天狗。にやりともしないリアリズムがよろしいです。剣先を交わして腰が引けているのですが、実際に真剣勝負ってあんな感じでしょう。(怖いに決まっています。)

武士が袴を着用するのは馬に乗るためです。膝が擦れたら痛いからです。着流しで乗ることはないはずですが、ここは男の色気。

敵も味方(主人公)も、ここ一番のときは羽織を脱ぐもののようですが、これもなかなかに眼の保養です。責められた姿も素敵。

少し後の時代になってから007が見せた要素なんて、男女のお色気シーンをのぞいて、ぜんぶ先駆けていると思います。

じつは、この頃の娯楽作品の品の良さを支えるものは、売春禁止法が施行されて「いなかった」ことだと思うときがあります。

つまり、これ以上の大人の娯楽を求める殿方には、行くべきところがあったのです。

その後、映画は現実における表現を禁じられた性的関心を疑似体験する媒体となり、自己目的化し、ついに美少女アニメ化したわけなのでした。

もし、創作物による性的関心の消化(昇華)の自己目的化を非難するならば、それをどこへ持っていくべきか、という話をしなければならないことになります。

美しい映画の背景に、重い現実があることは『加藤隼戦闘隊』と同じことかと思います。

そのようなことも少し念頭に置きつつ、若い世代の参考のためにも、文化遺産として長く伝えられると良い映画だと思います。

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