【同人むかしばなし13 ~個人誌の成立。】


個人誌が売れるのは、当然ながら、個人の描いたものが面白いからです。

が、面白くてもお金がないことには出版できません。買うほうも、お金がないことには買えません。

「よろず」の時代が終わって、1985年頃から個人誌という形態が盛んになったのは……

1.蓄積された(パロディの)技法を駆使して、才能を発揮できる人が増えた。

2.貿易黒字・バブル景気を背景に、保護者からの支援(お小遣い)が増えた。

3.高校を卒業して就職し、その給金を自費出版(の購入)に注ぎ込むことができるようになった。

4.地元就職・結婚などを理由に、平和裏に辞めていく会員があって、残された人が貯まっていた売上金を一人で使えるようになった。

これらが、様々な割合でミックスしつつ、いろいろなところで起きたのでしょう。

第4例の背景には「私は○○さんほど上手くない、描き続けることは苦痛である」と自らの才能を見切ったということもあったでしょう。


【ベビーブーマーの成長。】

いわゆるコミケは、1975年に漫画同好会を糾合することによって始まりましたが、早くも1981年には最初のアニメブームが起きたと伝えられます。

この年に14歳だった人は、1967年生まれ。

以後、1980年代を通じてコミケを肥大化させ続けてきたのは、「ひのえうま」が明けて以来、第二次ベビーブームに至る、出生数の多かった時代に生まれた子供たちです。

そのうちの何割かが18歳に達した頃、同人誌から個人誌への切り替えが、顕著に生じました。

同時に、内容の「過激」化も生じたように思われます。

これは、ゲイリブ運動が盛んになって、彼らのための書籍・雑誌を非当事者も一般書店で手に入れやすくなったことと関わりがあるのかもしれません。

成人が成人向け雑誌を購読することは問題ありません。読んだものの要素を新作の構想に取り入れることは、著作権法もこれを認めています。

どこの業界も同じことで、誰かが「ウケ」を狙って新しいことを始めると、一斉に模倣が生じるものです。

だから、この後から参加した人は「同人誌はエロだ」と思い込んでいる可能性があります。

実際には1975年から1985年まで、十年かけて変遷してきたのです。

戦前以来のプレヒストリーを加算すれば「耽美的アニメ二次創作小説から漫画家の高河ゆん」という結晶を生じるまで、数十年を経ているのです。

同人自身の年齢的・社会的成長。それにともなう市場の成長。

いわゆる「やおい」という存在の実体を、文字通りの少女=未成年者に限定すると、これらの現象は理解できません。

なお、この傍らで「ロリ」畑も豊潤な成果を得ていたはずですが、そこはそちらに詳しい方におまかせ致します。

また、個人による自費出版を指して、今なお「どーじんし」という単語が使用されているのは、単なる慣習であるとともに、衆を恃む気持ちから生じる隠語的用法です。


【収支。】

たとえばの話、実費に百円を上乗せした自費出版誌を十冊売って、同様な他人の出版物を十冊買って帰ると、プラスマイナスゼロです。

でも、百冊売って、百冊買って「よいしょ」と担いで帰る人は少ないので、収支にアンバランスを生じ、余剰が手元に残ります。つまり、ともだち百人できると、利益を生じるのです。千人できれば尚さらです。

才能による自然淘汰と、豊富な資金。それを注ぎ込んだ実費を回収させてなお余りある、多人数の購読者。

これらがそろわなければ、個人誌化は成立しません。

1980年代は、ファミレスの増えた時代でもあります。当然「割高でも外で食べよう」と思う人が増えたことを意味します。学生アルバイトは、外食産業の成長とともに増大しています。

今ふうの同人界の成立というのは、核の傘の下の東西冷戦(による平和)、ヤングアダルト層の急増、貿易黒字、女子就業率の上昇を背景にした、歴史の一回性だったと言えるのでしょう。


【ともだち多すぎ。】

評判が評判を呼んで、出展希望者が増えると、当然ながら、ライバルが増えます。

市場規模としては拡大し、総売上を聞くと一般人・企業が顔色を変えるほどになっても、実際の参加者にとっては、個々の利益が期待したほどではないということがあり得ます。

現代の若者が、高価なフルカラー同人誌の発行を想像もできないからこそ、それがバブル時代の武勇伝となるのです。

思うに、参加人数と収支のバランスがちょうど良かったのが、1980年代後半だったのでしょう。今もその頃を懐かしむ人がいる道理です。


Related Entries